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しばらくは何もない。
が、むこうから男が歩いてきた。
近所の笹村さんで、いつも無駄に元気はつらつな人だ。
この日もまるで軍事パレードのような歩き方で、歩いていた。
近所ではこの人のこの歩き方を知らない人はいない。
笹村さんは女には気づいたが、なにもいないような様子で女の前を通り過ぎた。
そして笹村さんと女が多少離れたと思われた時、女の口からなにかがすごい勢いで飛び出した。
――舌?
そうそれは舌だった。
女の舌は数メートルも伸びると、笹村さんの首の後ろをなめた。
笹村さんが思わず立ち止まり、振り返る。
しかしその時には女の舌はすでに女の口の中だった。
その間女は、笹村さんを一度も見なかった。
笹村さんが首の後ろに手を当ててなにかぶつぶつ言っていたが、しばらくして歩き出した。
しかしその歩みは先ほどのものではなく、まるで病人のようにふらふらしていた。
今にも倒れるのではないかと思うほどに。
笹村さんがこっちにふらつきながらやって来るので、俺は隠れた。
そして笹村さんをやり過ごした。
笹村さんを見送った後戻ってみると、女はもういなかった。
俺は考えた。
俺も笹村さんも女に首をなめられた後、体調を崩した。
それはまるで、体内のエネルギーを吸い取られたかのようだった。
――もしかすると。
あの女は本当に人の生命エネルギーを吸い取っているのかもしれない。
数メートルもある舌でなめることで。
人をなめるのは、あの女にとっては食事なのだ。
とても信じられないことだが。
なんという化け物だ。
その後、その女を見ることはなかった。
――餌場を変えたんだな。
俺はそう思った。
終