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寝転がっていても分かるかなりの高長身。電車で見かけたライオンのぬいぐるみのせいか、黄金で襟足の長い髪は獅子を思い起こさせる。今は伏せられていて見えないが、長いまつ毛の奥の瞳はきっと綺麗な碧に違いない。
しばらく観察をしているとまつ毛が震えて瞼が押し広げられていく。
(やっぱりねえ)
覗かせた瞳の色は予想通り碧。絵に描いたような王子様然とした容貌だが衣類は上質でいてラフ、騎士や王族というよりオフタイムの貴族という感じだ。
「!?、、、何者だ!」
男は目を覚ますと同時に異変を察知し素早く身を起こして防御の姿勢をとった。
「良かった、言葉は通じるのね」
男の発した言葉が理解出来たことに安堵する。言葉の壁があるのは厄介だから助かる。一応世界に礼を言っておこうか、ありがとう。
「貴様は誰だと聞いているんだ!何処の間者だ?、、、それに、なんだここは?一体狙いは何だ!」
男は私を睨み据えながら、室内の様子も伺っている。連れ去られて来たとでも思っているのかもしれない。混乱してる男に丸腰で対峙するのは危険だったかもと今さら思い至ったが、状況が掴ず何の情報も無い段階で襲いかかって来ることも無いだろう。私はなるべく穏やかな口調を意識して状況を伝える。
「落ち着いて。まず、ここは私の家であなたの方が突然やってきたのよ。私は佐藤千歳と言います。ここに居るのは私1人で、あなたに危害は加えないわ」
「は?何を馬鹿なことを言っている?執務室で仕事をしていた私を眠らせて連れ去ったのだろうが!貴様1人だなどと信じられるか!貴様のような小娘が城に侵入し、影共までやり過ごせるようには到底思えん。仲間は何処にいる?それともおかしな術の使い手か?あの強い眠気といい、サトウチトセ?名前の響きもずいぶんと奇妙だしな!」
影か。貴族や王族が抱える隠密集団をそう呼ぶことが多い。人間離れした身体能力で主人の身辺警護から情報収集に暗殺までこなす姿なき者達。それに直前まで城にいたと言うのだからやはりこの男は高貴な身分のようだ。
しかし人の名前を奇妙とは失礼にも程がある。長生きを願われた甘そうなこの名前を自分ではとても気に入ってるのに!
「もう一度言います。あなたが私の家に勝手に現れたの。あなたの意思かどうかは別として、侵入者はあなたの方なの。あなたの見立ての通り、私は非力なただの女で特殊な能力なんて持ってないわ。得体の知れない侵入者が目を覚ますまでの間に縛るなりして動きを封じることだって出来たのに、そうしていないのだから少しは警戒心を解いてくれないかしら?話が進まないわ」
名前を馬鹿にされて少しきつい口調になってしまったかもしれないが構うものか。礼をとらぬ相手に遠慮する必要などない。順を追って丁寧に状況を説明してしてやるつもりだったがやめだ。
「よく見て?この建物の造り。あなたの見知った物と比べてどう?私の服装に違和感はない?あ、靴は今すぐ脱いでちょうだい!土足は勘弁して。あと、そうね、これはどう?」
ただの誘拐と思ってる様子の男に、それ以上の事態が起こってると認識させるにはどうしたらいいだろうかと思いつく事を捲し立てた。自慢の名前を奇妙だなどと言うのだ。室内も私の服もさぞ奇妙に映っていることだろう。ガスレンジがあれば火を一瞬で着けて見せてやるのも効果的だったかもしれないが生憎と我が家はIHだ。