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第五話

どうやら思いのほか長く回想に耽っていたらしく、会議は終わりを迎えつつあった。




「……ということで、サクラとアクトの二人にはこの任務にあたってもらいたい。いいかな?」


「はい、もちろんです!」




 サクラがハキハキと返事し、あなたもやるわよね、とでも言いたげにちらりと俺を見る。




 司令官であるシュウも周りにいる部隊長も、皆俺の言葉を待っているようだ。




 ……何たる圧力。


 というか、「いいかな?」なんて言われても、俺なにも話聞いてなかったんですけど……。


 


 とんでもないことを引き受けたんじゃないんだろうなサクラさん、と少し不安になる。


 遺跡に行ってこい、とかエネミーを狩ってこい、とかだったらまだいいのだが、校舎の番兵やら地区境界線の見張り番やらは絶対にやりたくないものだ。


 以前どちらもやった(やらされた)ことがあるのだが、エネミーなぞいっこうに現れないわ他地区部隊は見えないわ、ずっと立たされるわで、俺の性に合わず二度と引き受けるものかと固く心に決めた。




 まったく司令官様自らがやればいいのに……。




 などと隊員らしからぬ不満を抱きながらサクラを睨む俺だが、ともあれここは、




「お、おう、了解だ」




 と適当に返事しておく他ない。


 サクラは訝しげに眉をひそめたが、幸い他の誰にも突っ込まれることはなかった。




 シュウはウム、と言うかのように頷き、二時間続いた会議に締めくくりをかけた。




「〈グレイ〉が現れたいま、皆にはより一層気を引き締めてもらいたい。η《エータ》地区への他部隊の侵入は一切許すな。各々が一人の兵士であることを常に自覚しろ。――エネミーの湧出が止まる次の月まで、誰一人として失うことなく、生き残るぞ!!」




 おうっ、と会議室にいる俺を覗いた全員が応え、部屋全体が震えた。




「……それでは、これをもって本防衛会議を終了とする」




 シュウは立ち上がって皆を見渡しながら言い、つかつかと歩いて扉から出ていった。


 それを見送り、部隊長らもぞろぞろと続く。


 サクラと二人で敬礼しながら、全員が退出するのを待つ。


 


 最期の部隊長が俺の横に来たとき、肘でつんつん、と脇腹をつつかれた。




「な……何の用でしょうか、アルフィナ部隊長」




 直立不動で、少し目を下に向けると、身長百四十センチほどの小柄な少女がいた。


 


 燃えるような真紅の長髪を肩から流しシルクのリボンで後ろ髪を結いており、一見するとただの可憐な女の子だ。


 


 だが俺は、出会ったときからこの人が怖くてたまらない。


 


 その可愛らしい外見に反して、戦場に出たとき或いは訓練のとき、アルフィナという年齢不詳の人間は、それはもう人が変わったかのように――いや、やめておこう。  


 あのときのことを思い出すと、今でも鳥肌が立つ。




 ともあれ彼女が鬼教官モードになる様子はないので、逃げ出さずに言葉を待つ。


 だが、灰色の隊服に身を包んだアルフィナは何も言わず、いたずらっ子のように口元を緩めながら、肘攻撃をさらに強めた。




「いっ……いい痛いですって部隊長!」


「……ねぇアクトくーん、きみ、部隊長である私と司令官の前で寝るなんて、いい度胸だなー。しかも司令官に注意された後も話聞いてなかったでしょ? ずうーっと窓の外見てた」


「いやいや聞いてましたって話! ただエネミーがいないか確認していただけで……。そ、そうだよなサクラ!?」




 言い逃れようと助けを請うが、返ってきたのは冷ややかな視線と、




「いや、こいつ話聞いてなかったですよ部隊長。次の月になったら校舎の番兵でもやらせましょう」


「…………頼む、それだけはご勘弁を」


「うーん、それもありだけど、私と特別訓練をしてもらうっていうのも捨てがたいなぁー」


「ほんとのほんとに、それだけはお許しを部隊長!」




 じりじりと後ろに下がって逃げようとするが、サクラにガッと手を掴まれる。




「逃げるんじゃないわよアクト! ただでさえ〈グレイ〉が現れたっていうのに、あんたの不真面目さと不遜さが原因で任務に失敗したらどうするのよ!」


「いや不遜とか関係ないだろ! それを言うなら、俺はサクラより一歳上だぞ!」


「たった二ヶ月の差でなに年上ヅラしてんのよ! だったら年上らしく頼もしいところひとつぐらい見せてほしいわ!」


「うぐっ……で、でも不真面目なのはサクラもだろ! 任務中に一人でこっそりお菓子を食べてるのを、シュウに言ってもいいんだぞ!」


「なっ……!? ちょ、ちょっとアクト、どこでそれを!?」




 どうやら随分恥ずかしいこと、というか気にしていることだったようで、サクラは俺から距離を取りお腹に手をあてがった。


 怒ったその顔が、みるみる赤くなる。




「……ふふっ」




 不意に、俺とサクラの口喧嘩を黙って見ていたアルフィナが、口元を手で隠し軽く笑い声を漏らした。




「うぅ、司令官! なんで笑うんですか! 私は別に食いしん坊というわけではありませんよ、断じて!」




 いや、サクラは断じて食いしん坊の類の人間だ。


 


 食堂でケーキが出ると目をキラキラさせて、決まって二つぐらい食べるのだから。


 


 まるで俺がそんな事を考えていたのを読み取ったかのように、サクラがギロリと睨んできた。


 流石にあれは言っちゃいけない秘密だったかな……と今更思ったが、当の彼女は怒りに満ちた目を俺に向け、今にも飛びかからんとしている。


 


 再び後退するが、アルフィナの口から飛び出した言葉によって、サクラに噛みつかれることはなかった。




「いやぁ、ごめんごめん……。アクトとサクラは、本当に仲がいいんだな、って思って」




それはまさかの爆弾発言。




「――!? ちょ、まっ、まったく仲良しなんかじゃないですよ!! このアクトなんか! ただの友達……いや顔見知りですっ!」


「サクラ、それ普通に傷つく!」




 などと、わちゃわちゃした喧嘩のような会話を繰り広げていると――。


 


 突然、甲高い鐘の音が、校舎内に響いた。


 





 ゴォォォォオオオオオ――――ン。






 その場にいた三人全員が息を呑んだ。




 だが驚きの声を上げることなく、目配せをしあい、俺とサクラの二人はすぐさま姿勢を正して敬礼をする。


 俺達の部隊長であるアルフィナは、先ほどまでの砕けた雰囲気を消し、耳に手を当て通信機からの通知を受け取る。


 何度か頷き、やがて表情を固くしたのち、眼前の二人の隊員にはっきりと命令を告げた。




「アクト上級隊員とサクラ上級隊員に告げる! ただいま、このη地区にてエネミーが湧出したとの報告が入った! クラスはA+《エープラス》とのこと! ただちに武装し、指定された地点へ向かえ!」


「「はっ!」」




 俺とサクラは寸分のズレなく答え、アルフィナに背を向けて駆け出す。


 向かう先は隊員室だ。そこに各々の装備と武具が保管されている。




 会議室のドアを出たところで、サクラが小さな声で話しかけてきた。




「……ねぇアクト、聞いた? エネミーのクラス、A+って……」


「ああ。かなりやばいのが来たらしいな。正直俺でも厳しいかもしれない」




 というのも、俺のクラスはB+だからだ。




 エネミーには個体の強さに応じてランクがつけられている。


 最も低いのがE-で、これはよく街中に湧出する無知能エネミーが相当する。


 その上がE、次いでE+、そしてD-、D、D+……と続く。


 Cクラスでは、森林や草原に湧出するヘビ型エネミーや虫型エネミーなどが代表的だ。




 最も高いのはSSSだが、その上には"α《アルファ》"というクラスが存在するという。だがそんなエネミーを見た者や聞いた者は一切いないため、ある種の伝説と見なされ実質的な最高クラスはSSSとなっている。




 いっぽう隊員のクラス分けは、倒したエネミーの脅威度――即ちクラスで定められる。


 無クラスの者がE-エネミーを倒せばE-隊員となるということだが、E-隊員がSSSエネミーを倒した場合など、クラスに差がある場合はその限りではない。




 自分のクラスより上のエネミーを倒したものは、一つ上のクラスになるという決まりがあるからだ。


 つまるところどんな手を使ってもクラスを飛ばすことはできないのだが、これは隊員の実力を正確に把握するために司令部が決めたらしい。


 おそらく他人の協力や運で上位エネミーを倒されたときの対策だ。




 俺――アクトの隊員ランクは、いま現在でB+。先月隣の地区でゴースト型エネミーを倒して昇格したばかりだ。


 湧出の報告があったエネミーとの差は数値にすればたったの三だが、それはかなり大きい。




 一般的な隊員が独力で対処できるのは自分より一つ上のランクだと言われているからだ。




 俺もAクラス級エネミーと何度か戦ったことがあるが、あまりダメージを与えられず結局は俺より上の隊員に倒してもらった。


 その任務では結果として死者は出なかったものの、多数の隊員が長期の治療を要する怪我を負った。


 


 Aクラスという十分強力なエネミーだったため仕方ないのかもしれないが、これで俺達のη地区分隊の対処できる限界が明らかになったのもまた事実だ。


 司令官はそれを重く受け止めているらしく、最近は屋外演習や対エネミー模擬訓練が以前より高頻度で行われている。


 


 ……あれ防衛会議と一緒で退屈だから嫌いなんだよな……。隊列なんて組まずに全員で囲んで突っ込めば高ダメージ与えてすぐに倒せるし……。そんなことするぐらいなら〈遺跡〉探して強い武器を見つけりゃいいのに……。


 


 これから任務が始まるというのに緊張の欠片もない思考を脳内で巡らせていると、サクラが俺の腕をつついて再び問うた。




「A+のエネミーなんて、私達で倒せるの? 一番人数の多い部隊でも苦戦するぐらいなのに……?」


「それは正直分からない。エネミーのタイプなんてピンキリだからな。空を飛ぶやつだったら手も足も出ないし、逆に亀みたいなやつだったら軽装備で走り回って倒せるぞ」


「……分からない、って……」




 その小さなつぶやきを俺は聞き逃さず、さっきから思っていたことを口にした。




「……というかサクラ、なんか声震えてない?」


「ねぁっ……」




 謎の声を漏らし、サクラが急に怖い顔になって横を走る俺を見た。


 だが正直、いつもの迫力がなかった。




「ふ、震えてなんかないわよ! たた単に今日は寒いってだけ! 高ランクのエネミーにおべ、怯える私じゃないわ!」




 ――怖いんだな。


 もはやそれを自分で暴露してしまっている。


 強気にそう言ってみせたが、俺は普段のサクラとの違いにいささかならず驚いた。


 


 だがサクラが怖がるのも無理はない。彼女はまだ、俺より下のB-隊員なのだから。


 いま彼女は、地面にへたり込み体を震わせ泣きそうになっているただの少女だ。


 


 いつも気丈に振る舞っていても、生死に関わるかもしれない任務に向かうともなれば、恐怖が前に出てしまうというわけだ。


 それは下級隊員であろうと俺であろうと、司令官であろうと、誰にでも当てはまることなので、恐怖に陥る、いやビビってしまうのは――




「……仕方ない。うん、仕方ないさ……」


「な、なにが!?」




 サクラが悲鳴のように声を上げたが、ちょうど隊員室に着いたのでスルー。


 ドアを開け、明かりを点し、自分の棚へと向かう。


 続くサクラは何かぶつくさ言っていたけれど、聞かなかったことにして俺は装備を着け始めた。

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