第35話 暴露された
顔面蒼白のリューテシアの口元から伝うのは、ついさっき飲んだであろう飲み物だ。
さっとハンカチで拭い、息をしていることを確かめる。
「リューテシアのグラスはどれだ!?」
「こ、こちらです」
震える手で渡されたグラスを奪い取り、匂いを嗅ぐ。
何の変哲もないオレンジジュースだ。
これまで何度もオレンジジュースを飲んでいる姿を見てきたが、こんな風になったことはない。
つまり、アレルギーなどではないということだ。
「まさか、毒!?」
「ウィルフリッド様、先生がいらっしゃいました!」
駆けつけた医務室の女教諭は十中八九、毒を盛られたのだと判断した。しかし、彼女にとっては専門外であり、何を飲まされたのかも分からず、治療の手立てがないとはっきり言われた。
ピロン!
【まもなくエンディングを迎えます】
無慈悲に脳内に響く無機質な電子音。
この忙しい時に縁起でもないことを言うな!
こんな終わり方、絶対に認めない。
せめて、うちの家庭教師がいれば……。
「リファ……。そうだ、今年はリファがいる! 誰か、いや違う。そこの女生徒。頼むから女子寮に行って、一年のリファ・ブルブラックを呼んできてくれないか!」
「は、はい!」
名指ししたことで彼女はドレスを持ち上げて走り出してくれた。
リューテシア派の子で婚約者殿と仲が良く、学年で一番足の速い女の子だ。
「薬術クラスの特別教室から薬草を持てる分だけ持ってきてくれ。あと、カーミヤ嬢の研究資料も見つかれば持ってきて欲しい」
他の女生徒にも頼みごとをして、俺は少しでもリューテシアが飲んだ毒についてのヒントを探し続ける。
あの性悪転生女は薬術大会にも、このお疲れ様パーティーにも参加していない。
本当にあいつがリューテシアを毒殺しようとした可能性があるのなら、とカーミヤ嬢の資料も探すようにお願いした。
「お兄様! リュシー様に何があったのですか!?」
「リファ、頼む。何かの毒を盛られたらしい。どの毒草で作られているか特定できないか?」
「……やってみます」
か細い息をするリューテシアを妹に任せ、俺はホール内に運び込まれた無数の薬草の調合を始めた。
俺は幼少期から薬師であるサーナ先生から教育を受けているんだ。
絶対にリューテシアを死なせるわけにはいかない!
本当に転生女が犯人で、リューテシアを毒殺しようとしたのなら何か手はあるはずだ。
カーミヤ嬢は一度たりとも毒のスペシャリストを自称したことはない。
しかし、あの女は毒のスペシャリストとして幽閉されるエンディングがあると口を滑らせていた。
きっと、身近なもので毒薬を作れるはずなんだ。だからこそ、危険視されたに違いない。
俺は他の生徒よりもカーミヤ嬢と会話している自負がある。絶対に何かヒントを貰っているはずなんだ。
「思い出せ。一年の校外学習の時に色々語っていただろ。毒を持つ薬……解毒方法……」
焦れば、焦るほど独り言が増え、額からの汗が止まらなくなる。
しかし、無情にも俺の願いに反して時間は刻一刻と進んでいく。
「そうか。毒薬の材料が毒草とは限らない」
以前、カーミヤ嬢は「毒だと言うから悪いものだと感じるだけで、毒も薬も紙一重ですわ」と語っていたことを思い出した。
心優しいカーミヤ嬢は、毒を持ち危険視あるいは嫌悪される草木を救いたいという思いから毒薬の研究を始めたのだ。
「これは……っ」
俺はカーミヤ嬢が残してくれた資料の中の一文に目を見張った。
不自然に他の文章よりも強調されている箇所があったのだ。
「信じるぞ、カーミヤ嬢」
一か八かに賭けて、資料を参考にリューテシアが飲まされたであろう毒薬とは別の毒薬を作った。
「リュシー、起きろ! これを飲め! 早く飲まないと時間がなくなってしまう!」
わずかに目と口を薄く開けたリューテシアに無理矢理、調合した薬をねじ込む。
大量の水も一緒に流し込めば、むせ返りながらもなんとか薬を飲み込んでくれた。
「ディード! マーシャル! 一番大きなテーブルクロスでリューテシアを運ぶ。手伝ってくれ!」
「運ぶってどこに!?」
「俺の部屋だ。早くしろ!」
「はぁ!? 男子寮に入れるってのか!?」
「俺のそばが一番安全だろ! それに今から飲んだ毒を吐かせるんだ。そんな姿を他の生徒に見せられない!」
緊急事態だと生徒会長が教師たちに説明をしてくれている隣で、簡易的な担架で男子寮にリューテシアを運び、リファにも付き添ってもらった。
「まさに毒をもって毒を制する、だな」
「なんですか、それ?」
「ことわざ。偉い人の格言みたいなもの」
リファは「お兄様は相変わらず博識ですね」と薄く笑ってくれた。
さっきよりも顔色が良くなり、規則正しい呼吸をしているリューテシアの看病は夜通し続いた。
彼女が目覚めたのは、あのパーティーから半日後。
昼頃には薬師でもあるブルブラック家の家庭教師、サーナ先生も駆けつけてくれて適切な処置を施してくれた。
診察の結果、後遺症はなく、経過は良好だと説明を受けた。
「ご無沙汰しています、学園長先生。これはどういうことでしょうか」
うちの家庭教師は王立学園の卒業生だから、学園長のことも知っていてもおかしくはないのだが、それにしては圧が強い。
「私がブルブラック家でお世話になっていて、坊ちゃまとお嬢様が優秀だったから良かったものの、学園の教員は何をやっているのですか!」
サーナ先生の剣幕に気圧された学園長はただ平謝りするしかないようだった。
◇◆◇◆◇◆
「ありがとうございました、ウィル様。それに、リファ様も」
「無事で良かった。本当に」
「回復おめでとうございます。あの時のお兄様の泣き出しそうなお顔は大変珍しいものでした。幼い頃から変わらずにリュシー様のことを大切に思ってらっしゃると実感させていただきました」
リファからの大暴露に顔が熱を帯びる。
焦っていたのは事実だが、泣き出しそうになっていたつもりはない。
「ご心配をおかけしました。わたしの不注意でした。以後気をつけます」
「いや。祝いの場とはいえ、俺がそばに居なかったのが悪いんだ。すまない」
「いえ、私が――」
「いや、俺が――」
「お二人とも、授業が始まってしまいますよ」
呆れ顔の妹と別れ、三年生の教室へ向かう道中、リューテシアは不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「あの、毒薬の件ですが……」
「犯人の目星はついている。リュシーが何もするなと言っても、俺は許せそうにない。落とし前はつけさせる」
リューテシアはただ無言で頷くだけだった。
せっかくの祝いの場でリューテシアを殺そうとした奴には、それなりの制裁を加えるべきだ。絶対に逃がさない。
サーナ先生の治療によって回復したリューテシアが久々に登校したことで、教室のよどんだ空気は消し飛んだ。
多くのクラスメイトがリューテシアの回復を喜んでくれている中、一部の生徒は俺たちをチラチラと見ながら何か陰口を叩いているようだった。
案の定、カーミヤ派の連中だ。
「なんだ? 言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうだ」
俺が毅然とした態度を取っても、彼らはにやにや笑うだけだ。
そして一人の女生徒が馬鹿にするような声で告げた。
「あなたたち、踏み外したそうね」
なんだって? 俺は転んだり、階段から落ちたりしていないぞ。
そんなことを言われる出来事があったかと思い出している間、彼女の発言を聞いたリューテシア派閥の生徒たちとも少しだけ距離が生まれたような違和感を覚えた。
「あの噂は本当なのですね。で、でも! 私たちはウィルフリッド様とリューテシア様の味方です。愛する婚約者同士、求め合うのは仕方のないことだと思います」
必死に取り繕ってくれる女生徒を筆頭に「そうだ! そうだ!」と男子生徒も加勢した。
そうなると、一気に派閥争いのような構想図ができあがってしまった。
「教室で、しかも大勢の中でお二人を辱めるような真似をするなんて許せません!」
「黙らっしゃい! 下級貴族の娘の分際で、わたくし達に意見しないでちょうだい」
俺の隣ではリューテシアが制服のスカートを握り締め、唇をきつく結んでいた。
「……どうして」
いつもこういった争いが勃発すると女神のような微笑みで仲裁してくれるリューテシアが放心している。
同じ派閥であったとしても、間違っていることはしっかりと咎めるカーミヤ嬢はもう居ない。
この日、俺とリューテシアが関係を持ってしまったことをきっかけに俺たちのクラスは崩壊した。




