第21話 遅れてきた
「ヒロインの婚約者って誰!?」
ばんっと扉を開けて教室に入ってきたカーミヤ嬢にこれまでのエレガントさはなかった。
ヒロイン……?
はて。
教室にいる全員が俺と同じような反応だった。
カーミヤ嬢は手当たり次第に男子生徒の顔を覗き込んでは、「違う、違う」と騒いでいる。
あまりにも彼女らしくない行動に誰もが驚いていた。
そして、ついにディードの席で駄弁っていた俺たちの前にやってきた。
「ディード! 騎士の息子のディードね!」
「お? おぉ、そうだけど。今更だな、カーミヤ様」
「マーシャル! 魔術師見習いのマーシャル!」
「はい。その通りですが」
「えっと……。んー、だれ?」
ずっこけるかと思った。
「俺だよ! 一緒の薬術クラスだろ!?」
「薬術? 男のくせに?」
「そのくだりは去年もうやっただろ!」
「はぁ……。あ、そうね! そうだった。ごめんなさい。ちょっと記憶が曖昧で」
「本当に大丈夫か、カーミヤ嬢? 医務室に行くか?」
「お前が一緒に行かなくてもいいだろ。クロード様にいい顔されないぞ。それに、リューテシア嬢も見てる」
「リュシーはそんなことで怒ったりしない。でも、確かに女性同士の方がいいな」
カーミヤ嬢の取り巻き女子たちに声をかけようとした時、伸びてきた両手が俺の頬をむぎゅっとした。
「あなたなのね!? あなたが、リューテシア・ファンドミーユの婚約者!?」
「ふぇ、ふぁい」
「よぉく顔を見せて。何よ、いい男じゃない! なんで、黒塗りにするかなーっ!? お名前は?」
「うぃむふひっふぉ」
「なに? ウィルフリッド? カッコいい! ネームドキャラなんて知らなかった! あなたの事を知れただけでも、『青薔薇』の世界に転生した甲斐があったって感じ」
「ちょっ、ちょっと待て、カーミヤ嬢! やっぱりおかしいぞ。ここが何の世界だ……って?」
「あー、そっか。NPCに絡んでも仕方ないか。ごめん、忘れて。じゃ、あたしはこれで」
言動だけでなく、一人称まで変わってしまったカーミヤ嬢。まるで中身が丸ごと入れ替わってしまったような。
その瞬間、俺は重要なことを思い出した。
ここはゲームの世界で、俺の婚約者はヒロイン。
そして、俺はヒロインに婚約破棄を言い渡されて破滅するキャラクターだということをだ。
俺が転生していると気づいてからすでに何年も経っている。
あまりにも居心地が良すぎて、目を背けていた問題が突然目の前に現れた。
「待て、カーミヤ嬢。せっかくだから、LINEを交換しないか?」
俺の発言にクラスメイトたちは不思議そうな顔をした。
この世界で絶対に使うことのない単語だ。俺も久々にLINEなんて言った
「は? この世界にLINEなんてないでしょ? スマホもないんだし。って、えぇぇぇぇ!?」
「そういうことだ。あとで時間をいただけるだろうか」
カーミヤ嬢はもちろん、と快活に返事をして去って行った。
授業はどうするつもりなんだ。
俺と同じ転生者だったとしても彼女の外見は公爵令嬢だ。
あまり悪目立ちしない方が身のためだと思う。
さて、と俺は窓際からこちらを見ていたリューテシアの席へと向かった。
「おい、フリッド」
ディードの呼びかけも無視して、リューテシアの手を取る。
「やっぱり、リュシーの手は温かいなぁ」
そして彼女の手で自分の頬をむぎゅっとした。
「ウィル様?」
「カーミヤ嬢の突飛な行動には驚いた。リュシーの言う通り、様子が変だな。クロード先輩にも話を聞いてみるよ」
「は、はい」
「リュシー以外の人に触れられてしまった」
「っ!」
教室中の温度が上がるような感覚。
言った張本人の俺の体温が一番上がっている自覚はあるが、これが本心なのだから仕方ない。
それに思ったことは口に出さないと相手には伝わらないのだ。
他の女に現を抜かして婚約者殿を悲しませるなんて真似は絶対にしたくない。
「少しだけ彼女と話してくる。許してくれるか?」
「もちろんです。わたしはウィル様を信じていますから」
「ありがとう、リュシー」
クラスメイトたちはもう俺たちを冷やかしてこない。
去年は男女問わず、質問攻めにあったり、遠くから見守られていたりしたが、めっきりなくなってしまった。
多分、みんな飽きたんだ。
「カーミヤ様は変わったかもしれねぇが、お前は変わんねぇな、フリッド」
「毎日、毎日ありがとうございます。今日も絶好調ですね」
はて。
この騎士の息子と魔術師見習いは何を言っているのだろうか。




