第20話 おかしくなった
迎えた親睦パーティー。
今年も女子寮の前で婚約者殿を待っているとカーミヤ嬢が階段を駆け下り、そそくさと通り過ぎた。
いつものようなド派手なドレスでもなければ、取り巻きの一人も連れていない。
去年は一番最後に登場して、会場内を堂々と闊歩していたのに今年は逃げるように背筋を曲げている。
「カーミヤ嬢?」
「っ!」
俺、何かした?
こちらを見ずにドレスを豪快に持ち上げて走り去るカーミヤ嬢の背中を見送る。
少しだけ傷ついていると背後からリューテシアの謝罪が聞こえた。
あぁ、もう。
転けそうになるから走るなって言っているのに。
去年のディープブルーのドレスも良かったが、今年のインディゴブルーのドレスも最高だ。
「よく似合ってるよ」
「わたしは不服です。もっと黒寄りの色味が良かったのに」
「青い方がリュシーをより引き立ててくれるよ」
去年と同じように手を預けてもらい、会場へと向かう。
「ウィル様はパーティーがお好きなのですか? 昨年も楽しそうにしておられましたね」
「パーティーが好きなんじゃない。リュシーと参加するのが好きなんだ」
うおっ! 今年もどこかの令嬢が倒れたぞ。
彼女、去年と同じ子か!?
今年も迅速に医務室へ運ばれていく令嬢を見送り、今年の生徒会も優秀だなぁ、と呟いてしまった。
去年は緊張していたが、今年は気が楽だ。
場の雰囲気にも慣れているし、主役ではないのだから隅っこで純粋にオードブルを楽しむことができる。
あの校外学習や剣術大会以降、すっかり連むようになってしまったディードとマーシャルの待つテーブルへと向かった。
もちろん、リューテシアがいつもの女子グループの中に入って行くのを見送ってからだ。
ただでさえ、可愛くて目立つ婚約者殿だ。目を光らせておかなければ、他の男がアプローチするかもしれん。
「おめぇ、今日くらいはそんなに睨むなよ。リューテシア嬢も気が休まらんだろ」
「そうですよ。いくら大好きだからって」
「いや、お前らのせいだろ。去年の愚行を忘れたのか?」
二人は顔を見合わせ、何やら唸っていた。
今日はトーマとだけ話せればいいかな。
兄弟とはいえ、下級生からは声をかけにくいだろうから俺の方から出向こう。
軽くサンドイッチを食べて、新入生の集まるテーブルに行くとすでにクロード生徒会長殿が挨拶した後だった。
「兄さん!」
「楽しんでいるか?」
俺に気づき、手を挙げて自分はここだ、とアピールするトーマの元へ向かう。
すると、新入生たちは一斉に道を開けてくれた。
「兄さんの武勇伝を聞いていたところです」
武勇伝?
そんなものないよ。変な噂を流している奴がいるな。
「ウィルフリッドは優しいだけではなく、学術も剣術も薬術も成績上位なのだな。さすがに魔術までは求めすぎか?」
「殿下……」
「やめろ、やめろ。ルミナリオと呼んでくれ。余に新しい世界を見せてくれた友だというのに他人行儀だと寂しいぞ」
本当にしょんぼりするルミナリオ殿下を見てしまえば、彼の希望を叶えないわけにはいかなかった。
「えっと、ごめん、ルミナリオ。改めてよろしく。これでいいのか?」
「うむ! もっと余に外の世界を教えてくれ。あと、これを返そうと思っていたのだ」
ルミナリオが取り出したのは、なんと俺の生徒手帳だった。
「なんで!? ずっと探してたんだ。まさか落としてた?」
「うむ。これを返すためにここへの入学を決めたのだ。あ、でも気にするなよ。それは方便で、本当はお前ともっと話したかっただけだ」
や、やべぇ。
とんでもないことをしてしまった。
しかも、その話を大勢の前でするものだから、周囲からは「おぉー」と様々な思いのこもった声が上がった。
トーマは「さすがです、兄さん」と何かを噛み締めている。
カーミヤ嬢! きみの出番だぞ!
この絶望的な状況を打破できるのは、きみしかいないんだ!
去年みたいに大名行列のような登場をしてくれ、と願っても彼女は姿を見せない。
ふと、カーミヤ・クリムゾン用に装飾されたテーブルで、取り巻きその1とその2が料理を食べていることに気づいた。
ルミナリオに失礼して、テーブルへ向かう。
「やぁ、カーミヤ嬢はどこだ?」
「ウィルフリッド・ブルブラック。実はカーミヤ様は昨日から様子がおかしくて」
「今日もパーティー直前に出て行ってしまわれました」
俺とすれ違ったのはカーミヤ嬢で間違いない。
しかし、彼女はこの場に居ない。
サプライズ登場の準備中というわけでもないのなら誘拐とか。
それともサボっているのか。
公爵令嬢だから事件に巻き込まれていても不思議ではないが……。
その時、扉が開き、ダンスホールの準備を終えたクロード先輩が手を振りながら登場した。
先輩の手は誰かの手を掴んでいる。
けれど、手首までしか見えず、その手は必死に抵抗しているように見えた。
扉にしがみつくのは、間違いなくカーミヤ・クリムゾンだ。
チラチラと真っ赤な髪が見え隠れしている。
なんだ、一緒にダンスするのが嫌なのか?
そういえば、去年はクロード先輩と踊っていなかったな。
最近はデートしているようだし、なんだかんだ仲が進展しているものだと思っていたのだが。
あれか、人前では恥ずかしいとか?
カーミヤ嬢も意外と乙女な一面を持ち合わせているのだな。
「こら、カーミヤ。何をしているんだ、みっともないぞ。私たちは婚約者同士なのだから何も恥じることはない」
「ひーっ! な、なんでクロードの好感度がこんなに高いのよー!」
「また、訳の分からないことを。婚約者を大切に想うことは当然だろ。他でもないウィルフリッドの教えだ」
「ウィルフリッドって誰ーっ!? 知らない人の名前を出さないでーっ!」
敵対派閥とはいえ、薬術クラスでは同じグループにもなったし、リューテシアへのいたずらも止めてくれたのに。
知らない人って……。
静かにショックを受けている俺にリューテシアが寄り添ってくれた。
「カーミヤ様は昨日からあんな調子です。わたしが話しかけても逃げられてしまって」
「逃げる? あのカーミヤ嬢が?」
「はい。他のご友人たちも同じようで、少し距離ができてしまったようです」
そんなことがあるのか。
入学式の後、しばらくはいつも通りだったのに。
「ウィル様、カーミヤ様はクロード様に任せて、わたしたちはホールへ移動しましょう。今年も一緒に踊ってくださいますよね?」
「あぁ、もちろんだよ。むしろ、俺の方からお願いするよ。他のパートナーを選ばないでくれてありがとう」
「何を仰いますか。では、行きましょう」
今年は誰にも邪魔されずに婚約者殿とダンスできる喜びを噛み締めながら、ホールへ移動する最中、カーミヤ嬢の悲痛な叫びが聞こえた。
「なんで、悪役令嬢になってんのよーっ!」




