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第17話 距離が縮まった

 二年生代表と三年生代表の戦いは白熱というほどではなかった。


 勝ったのは二年生代表のクロード・オクスレイ。

 昨年の優勝者で、現時点で全校生徒の中で最も強い男だ。


 そして、今日は俺とクロード先輩の決勝戦。

 全校生徒に見守られながら入場した俺たちの前にはリューテシアとカーミヤ嬢がいた。


「なんでいるの?」


 顔を見合わせるとクロード先輩も驚いていた。


「ウィル様、ご武運を」


「年下に負けるようでは、お父様に顔向けできないですわね」


 婚約者殿の激励を受け、模擬剣を構えて先輩と相対する。


 リューテシアの椅子よりもカーミヤ嬢の椅子の方が立派なのは生徒会副会長の職権濫用の結果だろうか。


 試合開始直後、抱いた感想は「先輩は強い」という単純なものだった。

 三年生と戦っていたときよりも剣筋が速くて、動きも読みにくい。


 短時間でこんなに強くなるとは思えない。

 間違いなく婚約者からの応援の力だ。それなら、俺だって負けてはいられない。


 他でもないリューテシアに応援されたのだ。

 苦戦していては嫌われてしまう。


 俺たちの打ち合いは数分続いた。

 周囲からの声は聞こえない。ただ目の前の相手に勝つことだけを考えていた。


 それは先輩も同じようで、額から汗を流しながら剣を振る姿は貴公子とは言い難いものだった。


 極限状態だったとしても婚約者殿の声だけは聞き分けられるし、彼女にだけは気を配れる。

 だからこそ、リューテシアを目掛けて放たれた何かには瞬時に反応できた。


「っ!」


 唯一の不運は俺がリューテシアを守るために模擬剣を投げたタイミングで、クロード先輩が剣を振り下ろしたことだ。


 おかげで先輩の模擬剣を稼ぐ手段が左腕しかなかった。


「なっ!?」


 激痛に耐えながら、頭を抱えるリューテシアのそばへ駆け寄る。


 俺が投げた模擬剣は飛んできた何かに弾かれて、リューテシアにも他の生徒にも危害を加えることなく、地面に落ちていた。


「大丈夫か、リュシー!」


「ウィル様、左腕が!」


「大丈夫かと聞いている」


「わたしは平気です! 早く医務室に」


 婚約者殿が怪我をしていないならそれでいい。


 自分のものとは思えないほどに重い左腕をおさえながら歩き出そうと一歩踏み出したところで世界が真っ暗になった。


◇◆◇◆◇◆


 誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 この声はリューテシアだ。


 早く起きて、安心させてあげないと。


 しかし、そうは思っても体が動かなかった。


 ガラガラと扉が開く音に続き、足音が近づいてくる。


「まだ目覚めないか。すまない。渾身の力で振り下ろしてしまった」


「クロード様が謝る必要はありません。真剣勝負の最中によそ見をした方が悪いのです。ウィル様ならそう言います」


 リューテシアは鼻をすするのを止めて、毅然として言った。


「よそ見の原因だが、恥ずかしながら生徒会のメンバーだった。私が勝つように魔術できみを狙ったと証言したそうだ。加害者はすでに拘束され、学園長が対応してくださっている」


「そうですか」


「身内の不始末だ。すまなかった」


「わたしに対する謝罪は結構です」


 こんなに不機嫌な声のリューテシアは初めてだ。

 怒った顔を見たことがないから、どんな表情なのか想像もつかない。


「謝罪も出来ず、リューテシア嬢の涙を拭うこともできない。なにが大公爵家の嫡男で、次期生徒会長だ。自分が情けなくなる」


「わたしはウィル様が目覚めた時、涙を拭って欲しいのではありません」


 彼女の温かい手が俺の手を包み込んだ。


「ウィル様はわたしと一緒に泣いてくれます。楽しいことも悲しいことも共有してくださるのです。だから、わたしの涙を拭う必要はありません」


 リューテシアがピシャリと言い放つと、足音は遠ざかり、やがて扉の閉まる音が聞こえた。


 こんな所で寝ている場合か!

 早く起きろ。起きて婚約者殿の名前を呼べ!


「……リュシー」


「ウィル様」


 ふわりとピンクブロンドの髪が広がり、彼女の額が優しく俺の額に押しつけられた。


「ありがとうございます。わたしを守っていただいて」


「リュシーが無事で良かった。負けちゃってごめんね。せっかく応援してくれたのに」


「とても格好良かったです」


「左腕はこの通りだけどね」


 笑って左腕を持ち上げると、当て木と包帯が巻かれていた。


「魔術師の派遣を要請しているようです。ひとまず、こちらを」


「これは? すっごく苦そうな見た目だけど」


「カーミヤ様とご友人が煎じてくださいました。痛み止めです」


 魔術のある世界とはいえ、万能ではないことは理解している。

 回復の魔術を使われても左腕はすぐに元通りにはならないだろう。


 勧められるままに緑色の液体を飲み干す。


 激マズな上に臭い。

 しかし、不思議と痛みは引いた。


 俺はクロード先輩に負けたと思っているが、先輩はそれを認めず、再戦を申し込もうにも俺は戦える状況にない。


 結局、クロード先輩は優勝を辞退し、第108回剣術大会は異例の勝者不在の結果に終わった。


 俺たちの決勝戦を邪魔した生徒会役員は退学処分となったと後から聞いた。


 俺の左腕は骨折の診断となったが、魔術で骨がくっつくわけはなく、痛み止めと自然治癒力に委ねられている。


 薬術クラスに在籍しているから薬に困ることはない。

 たまに実験台に使われるのが少し嫌なだけだ。


 あと変わったと言えば、食事の際にリューテシアが食べさせてくれるようになったことくらいだろうか。


 利き手は健在なのだから食事も書字も問題ないのだが、昼食は一緒に食べることが多くなった。


 そして、なぜかカーミヤ嬢と彼女の取り巻き二人と相席する頻度も増えた。


「昼分の痛み止めです」


「こっちは精力剤ですわ」


「それはいらないだろ」


 こうして、必要な薬と不要な薬をくれる。

 彼女たちにとって俺は都合の良い被験体なのだ。


「ウィルフリッド・ブルブラック。これを受け取りなさい」


 カーミヤ嬢が差し出したのは、如何にも怪しい真っ白なカプセルだった。


「えっと、これは?」


「クロード様から事情は聞きました。これはほんの気持ちです」


 怪しい薬を謝罪の品にされても困るのですが……。


「名前はデルタトキシン。劇薬ですから取り扱いには注意なさい」


 いらないっすわ、カーミヤさん。


「もしも復讐したいなら、このカプセルの中身を飲み物に入れなさい。悪魔だって逃げ出すほどの効用がありますわ」


 この人が所有している毒薬なんて超危険アイテムじゃないか。

 全然いらない物だけど、公爵令嬢と揉めて実家に迷惑をかけるわけにもいかないから、大人しく受け取っておいた。 

 要は俺が使用しなければいいだけの話だ。


 あ、あともう一つ。


「ウィルフリッド、カーミヤへの贈り物は何が良いだろう?」


「知らないっすよ。一緒に見に行けばいいじゃないですか」


「二人並んで買い物に行けと? 私は贈り物をしたいのだ」


「分かってないですね、先輩。同じ場所で、同じ時間を共有し、欲しいと思った物や似合うと思った物をタイムリーにプレゼントする。これが答えです」


「……そうか。子供の時と同じように接すれば良いというわけか」


 何故かクロード先輩との距離も近くなった。

 進級したら生徒会に入れてやる、と無駄な気を遣われて少しだけ迷惑しているところだ。


 いつの間にやら恋愛相談室まで開催しているし。


 クロード先輩は婚約者であるカーミヤ嬢一筋で、リューテシアにちょっかいを出してこないからディードやマーシャルよりも気兼ねなく話ができるのだ。

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