第16話 剣術大会に参加させられた
学園の正面玄関にある掲示板には【第108回剣術大会】と書かれたトーナメント表が貼られていた。
なんでも各学年から代表者を選出して、最強の生徒を決めようというものらしい。
一年生代表はシード権を獲得できるらしく、二年生と三年生の勝った方と決勝戦で戦う。
「へぇ、ディードが言っていたのはこれか」
「ウィルフリッド・ブルブラック、現実から目を背けるのはおよしなさい」
ひょこっと現れたカーミヤ嬢が一年生用のトーナメント用紙を指さして、華麗に去って行った。
なんで、俺の名前があるんだろう。
俺、剣術クラスじゃないんだけど。
「頑張ってくださいね、ウィル様」
「あー、うん。でも、なんで俺が?」
「わたしが参加者リストにお名前を入れておきました」
「なんで!?」
「ごめんなさいっ。……ウィル様の勇姿をこの目に焼き付けたくて。それに、ウィル様のお名前を学園の壁に刻んでいただきたくて」
「そういうことなら出ないわけにはいかないな!」
ただ、自信がないのは事実だ。
いくら婚約者殿の頼みでもそんなに突然強くはなれないのだ。
「壁に名前をって、つまり優勝するってことだよね。俺、そんなに強くないよ?」
「ご冗談を。ウィル様を止められる人なんて、この学園には存在しませんよ」
買い被りすぎだよー。
リューテシアはきっと婚約者フィルターを通して俺を見ているから、そう感じているだけだと思う。
そんなわけで強制参加の剣術クラスの男子生徒+俺がトーナメント戦に出場することになった。
迎えた当日。
初戦の相手は顔と名前は知っているが一度も話したことがない人だった。
当然、相手の実力も分からない。
とにかく、婚約者殿の前で格好悪い姿を見せないように一生懸命、模擬剣を構えた。
試合開始から数分。なぜか場内は静まり返り、相手は降参してしまった。
「ん? なんで? やらないの?」
「……勝てるビジョンが見えなかった」
なんだそれ、よく分からん。
うちの先生からはまだ無駄が多いと言われるけど、なにが無駄なのか教えてくれないから何も分かっていないのが現状だ。
だから、このトーナメントで何か気づけるかと期待してたんだけどな。
その後も俺が剣を振ったのは、たったの二回だけだ。
それも相手の剣を叩き落としたり、弾き飛ばしたりするだけで有効打を与えたわけではない。
「うーむ。これでいいのだろうか」
「ですからお伝えしたではありませんか。ウィル様を止められる人は居ないって」
「そうだけど。なんか釈然としないと言うか。もしかして、俺をディードと戦わせる為にみんながわざと……?」
「ウィルフリッド・ブルブラック、それは絶対に言ってはいけませんわ。ご覧なさい。すごく泣いてる人もいますわね?」
カーミヤ嬢に子供を諭すように言われて、俺は口を閉じた。
みんな本気なんだ。
決勝戦の相手は剣術クラスのディード。彼は強い。ずっと観戦していたが、どの試合も圧勝していた。
この戦いで勝った方が一年生の代表となる。
よし、棄権するか。
なんか申し訳なくなってきたし、目立ちたくないし、睨まれるし。
リューテシアには悪いけど、適当に負けるか。
いや、でもなぁ。婚約者殿のお願いを拒否するのは俺の矜持に反する。
「よぉ、色男」
リューテシアの隣で静かに悩んでいると、ディードが肩を組んで顔を近づけた。
「俺が勝ったら、リューテシア嬢と一日デートさせてくれよ」
ブチっと何か切れたような音が聞こえた気がした。
「…………」
俺は無言でディードの腕を肩から下ろし、模擬剣を持って闘技場へと向かった。
大歓声の中心には俺とディードの二人だけ。
全男子生徒はディードを応援して、薬術クラスの生徒は俺を応援しているような雰囲気だ。
それはそうだろう。だって、剣術クラスは男子しかいないのだから。
反対に俺が専攻している薬術クラスは女子しかない。
「ウィルフリッド様とリューテシア様を引き離す不届き者は許さない!」
「ウィルフリッド様! 黒バラの騎士として、姫をお守りください!」
変な応援の仕方だ。
だけど、今の俺にとってはどうでもよかった。
「一年代表決定戦、はじめっ!」
教師の合図と同時に足を踏み込む。
「ぬおっ!?」
「ずらされた。やっぱりまだ無駄が多いのか」
刺突は受け流されたが、左腕はもう使えないはずだ。
下から模擬剣を振り上げ、ディードの剣を弾き飛ばす。左手は痺れているはずだから、いとも簡単に剣を離してくれた。
俺は宙へ舞ったディードの剣を目掛けて跳躍し、真っ二つに叩き割った。
「……マジ、かよ」
でもまだ収まらない。
俺は心の中で渦巻く感情のままに、ディードの剣を粉々になるまで切り刻んだ。
「ふぅ。剣は騎士の魂なんだよね? 魂、砕けちゃったけど、大丈夫そう?」
「あれは模擬剣だからな。俺の心は折れちゃいないぜ」
「あっそ。じゃ、続行ね」
「待て待て! 降参だ! 先生、この人、俺を殺す気です!」
殺す?
こんなんで人は死なないよ。
だって、俺も弟も生きてるもん。
先生だったら、こんなもんじゃ済まないよ。
「やっぱり、お前強いじゃねーか! 今からでも剣術クラスに来いよ!」
「嫌だよ。俺、強くないもん」
「嫌味かよ!」
「先生には、まだまだって言われてるからね」
「お前の先生は化け物かよ」
闘技場の真ん中で座り込み、左腕を庇っているディードが俺の先生は誰かと聞いてきた。
「アインドリッヒ先生だけど」
「あ、アインドリッヒ!? 歴代最強の騎士団長じゃねぇか! 消息不明なのに、なんでお前に剣を教えてるんだよ!」
へぇ。そうなんだ。
父が連れてきた家庭教師だから諸事情は知らないよ。
一緒に食卓を囲む日もあるし、馬と戯れている姿は老後のジジイにしか見えないよ。
ありのままを伝えると、ディードはがっくりと項垂れて、「規格外すぎるぜ」と意味の分からないことを呟いた。
そんなことはどうでもいいから前言撤回して欲しい。
「ディード――。っと、リュシー?」
座り込んでいるディードに文句を言ってやろうと思っていると、観覧席から降りてきたリューテシアが彼の前にしゃがみ込んだ。
「ウィル様が勝ちましたので、先ほどのお話はなしということでお願いします」
「嘘に決まってるだろ。あんな売り文句でフリッドの本気を見れたんだからな。カーミヤ様には感謝だぜ」
あの女の仕業か。
俺の純情を弄びやがって。
「おい、嘘に決まってるってなんだよ。俺の婚約者殿とデートしたくないってのか!?」
「んなわけねぇだろ! 黒バラ姫だぞ!」
「ふざけんな! 許可するわけないだろ! 寝言は寝て言え!」
立ち上がり、尻についた土埃を払うディードがリューテシアを見つめて呟く。
「青い薔薇があれば、少しは変わっていたのかもな」
「いいえ。何を持って来られても、わたしはウィル様以外の人とはお出かけしませんよ。ウィル様、おめでとうございます」
審判を務めていた教師が宣言したことで一年生大会の決勝戦は幕を閉じた。
その日の夕方、俺はいつも通りにリューテシアを女子寮へと送り届けていた。
「マーシャルもディードもなんで青い薔薇に固執するんだろう」
「ウィル様がお気になさることではありません。すでに私はウィル様から黒薔薇をいただいていますから」
「あー、あれね。特に変化はない?」
「はい。今でも瑞々しく咲いてしますよ」
それはそれで不気味だけどね。
「私はウィル様以外の男性はお断りです」
そのセリフは今の俺には刺激が強すぎた。
リューテシアの手を引き、並木道から外れて茂みへと入る。
「俺、勝ったよ」
「はい。負けるわけがありません。だって、わたしの未来の旦那様ですもの」
まだ体が火照っている上に、ディードにあんな事を言われたからか胸の奥がザワザワしている。俺は学園内だというのに、そっと目を閉じたリューテシアの唇に触れるだけのキスをした。
俺の婚約者殿はいつでも可愛い。
たまに俺を破滅させようとしてくるけれど、それを含めてもやっぱり可愛い。




