◇89 騎士の役目
「うひゃーー!! ドッグの奴、あんなこと出来んのかよ、すげえな!!」
氷で造られた城壁がすっぽりと港を囲い、街全体を守っている。
「凄いだろ!! ドッグは家名持ちだからな、魔術師としてはサラブレッドなんだぜ!!」
「ははぁ、なるほど……」
その言葉に少し疑問が浮かぶ。
見ると、俺の頭上でアルルが飛んでいる。
どうやら、術式だかなんだかの影響で飛べてるらしい。
「おめぇは家名持ち出はないんだよな。それで、そんなこと出来るのか?」
「天才って奴だな!!」
軽々しく行ってのける。
まあ、魔術の素人である俺からしても、コイツが天才の部類に入るんだろうとはなんとなく察しがつく。
この若さで隊長格に登り詰めるのも納得できる。
本人やドッグ曰く、干されてるらしいが、果たして本当に干されてるのか……
まあ、それは今は問題ではないか。
それより、今は……
「それで、その天才さんは俺には何を頼みに来たんだ。この状況で俺の所に来るってことは、なんかやるべきことがあるんだろ?」
「察しが良くて助かるぜ。オメーにしか頼めねーんだ」
アルルの顔が申し訳なさそうに歪む。
そして、視線を俺の手に握られた大剣を見つめる。
「これがどうした?」
「ロック。オメーには、その大剣をあの蛸の眉間にぶっ指して貰いてーんだ、ちょうど目と目の間に……」
ほほう、それは中々に無茶な事を言ってくれるねぇ。
「俺が、そんな大それたこと出来ると?」
「オメーなら、出来るだろ?」
アルルの顔がコチラを覗いてくる。
大きな瞳にキラキラと蒼白く光る瞳に髪。そして、空を飛ぶその姿は見ようによっては女神にも見える。
いいねぇ……
こんなイイ女に頼られたら、男なら嫌でも腕が鳴るぜ……
「へへへ、理由は聞かねぇでやってやるよ!! その代わり、必ず、あの海魔をぶっ殺せよ!!」
「ああ、絶対にやってみせる!!」
幼さの残る少女の表情が戦士の顔へと変わる。
悪くねぁ、悪くねぇぞ、アルル。
「よっしゃ!! なら、任せておけ、この剣をアイツの眉間におっ立てて来てやるよ!!」
「おう!! ロック頼んだぜ!!」
そう言うとアルルが空高く飛んでいった。
まったく、お前は本当にイイ女だよ。
氷の城壁から巨大な海魔がコチラ覗く。
もう、あんな所まで来やがったのか。まったく、勘弁して欲しいぜ……
思わず、笑ってしまう。
普通だったら、こんな状況になったら戦略も糞もねぇ、負け戦になるはずなんだがな……
何故だか、負ける気がしねぇよ……
「さしずめ、勝利の女神様ってか……」
俺は大剣に力を込めると港に向かって駆け出した。




