☆8 フラッシュバック
俺とドッグは、食堂での騒動が冷めやらぬ中、授業を受ける為に足取り速く教室に向かって歩いていた。
不意に欠伸が漏れる。
「ふにぁ、はうー。腹が一杯になったら眠くなってきたぜー」
「君は食べ過ぎなんだ、アレだけ食えば眠くもなるさ」
「確かにそうだなぁ、へへへ……」
思わず笑みが溢れてしまう。
腹一杯食えて、食ったら眠くなる。
なんて幸せなんだ……
スラムで生きてた時とは大違いだぜ……
不意にドッグを見ると怪訝そうな表情でこちらを見ている。
どうやら、何か不満があるらしい……
まあ、無理もない……
「悪かったよ魔術を使っちまって。でもよ、加減はしたんだぜー」
「それはわかってる。僕が不満に思ってるのはそこじゃない。そこじゃないんだ……」
ドッグはそう口にすると視線を落とし、強く拳を握った。
俺は良くわからないので、先程持ち帰ったパンを軽くかじる。
「人殺しと言われたじゃないか……」
「まあ、本当だしな……」
そう口にした瞬間だった。
俺の両の肩をドッグが勢い良く掴んだ。
「それだよ、僕が気に入らないのは!! “アレ”について、君に責任は無い。なのに奴は衆目の場で君を貶めた。それに何よりも僕が気に入らないのは君が、君が!!……」
ドッグが張り裂けそうな声を挙げたと思うと、その声はみるみると弱々しく消え入りそうになって行った。
「君が人殺しの汚名を、甘んじて受け入れていることだ……」
しかし、それに反して俺の肩を握る手には力が込められて行く。
「君はもう少し、自分を大切にするべきだ、怒るべきだ……」
その瞬間、あの悪夢が脳裏を過る……
暗い裏路地に蒸せ返る様なニオイ……
そして、コチラを掴む男の手……
「ド、ドッグ…… 手を、手を放しちゃくれねーか…… ちょっと、こ、こえーよ……」
自分の声が震えて上ずっているのがわかる。
自分の身体から血の気が引いていくのがわかる。
呆れたもんだ。もう、何年も立ってるのに。未だに、このトラウマが拭えないとはな……
我ながら、情けねー。
「あ、す、すまない……」
ドッグは我に帰ると、俺からゆっくりと手を離した。
自分の身体が僅かに震えているのがわかる。
まるで自分の身体が、自分の物じゃねーみたいだ。
そんな俺をドッグが申し訳なさそうに見ている。
本当に情けねーな、俺は……
こんな良い奴を、あんな顔にさせちまって……
「おいおい、そんな顔すんなって。俺は大丈夫だからよ。へへへ、さあ、早く教室に行こうぜ。早くしないと遅刻しちまうんだろ?」
「あ、ああ、そうだな……」
暗い顔をしたまま、ドッグは教室に向けて歩き出した。
俺も僅かに震える足を前に出し、なんとか歩き出した……