☆86 内通者
その整った顔立ちが不敵に歪む。
「裏切り者って言うのは頂けないな。情報提供をしてくれる人がいるだけだよ」
「けっ、同じだろ」
まったく、話がややこしくなって来やがった。勘弁して欲しいぜ。
でも、まあいい……
「ま、俺の状況をその程度しかわかってないんだったら、俺の仲間の中に裏切り者はいねーな」
「なるほど。では君は現状に満足しているのかい? 本当に不満はない?」
真紅の瞳がコチラを射抜く。
恐らく、俺から不満の感情を引きずり出したいのだろう。
だが……
冷静に今までを思い出す……
基本、俺の追い込まれてる理由って、俺が勝手に暴走してるだけだから、言い訳出来ないんだよね。
それなのに、けっこう沢山の人が俺を気にかけてくれるし。俺に着いてくれる奇特な奴等もいる。
正直、俺には身に余る程の物を、皆からは貰ってる。
「不満なんてねぇよ」
「……」
俺は、その整った顔立ちと真紅の瞳を見返す。真っ直ぐと目を反らさずに相手を見詰める。
暫くの間、沈黙が訪れ、不意に溜め息が聞こえてくる。
「はぁ。成る程、今の君を口説くのは難しそうだ」
「はっ、未来永劫、テメーに口説き落とされることはねーぜ」
俺の言葉を聞いて、彼は天を仰いだ。
そして、何かを諦めたように乾いた笑いを漏らした。
「いやぁ…… 君を食べたかったなぁ……」
「あん?」
その口から、キラリと光る八重歯が除く。
コイツ、まさか……
「まあ、仕方ないさ。また出直して来るよ。それと、君のこめかみの傷」
気づかぬまに、彼の手が俺の頬を撫で、ゆっくりと髪をかき揚げて行く。
「とても、チャーミングだ」
そんな言葉を吐くと、彼はゆっくりと俺のこめかみに唇を近付けた。
動けない。恐怖や困惑ではない。身体が硬直して動けないのだ。まるで身体中の血が固まったように……
「良いことを教えてあげよう」
こめかみの傷と唇が触れる。
「この海域に出る魔物。アレは黒の師団の人間が操っている。今夜、恐らく動き出す」
「!?」
コイツは一体何を企んでるんだ。俺にそんな情報を教えて、なんの特があるんだ?
「逃げるなら今のうちだよ……」
コイツ、舐めやがって。
身体が動きさえすればこんな奴。
「それじゃあね、ハニー」
その瞬間、身体の拘束が途切れる。
すかさず、剣を引き抜き相手の首を切り落とす。
「!?」
しかし、目の前で驚愕の事態が起きていた。
ジャイソン・ブラック。彼の首が呆気なく俺の剣で落ちたのだ。
だが、血が流れていないのだ。
本来ならば、そこから血が流れてしかるべき場所からは違う物が姿を表した。
「コウモリ……」
そう、切り落とした首の断面から、次から次へとコウモリが溢れてくる。
やがて、彼の身体は全てがコウモリへと姿を変え。何処かへと消えて行ってしまった。
「アルルさん。何時かまた会うときまで、是非お元気で……」
クソっ!! みすます、逃した!!
完全にペースを握られた上に、好きなように転がされた!!
もう少し警戒するべきだった!!
だが、今はそんなことを悔やんでる場合じゃなー!!
一刻も早く、一刻も早く、黒の師団が来ると知らせなければ!!
俺は喫茶店から飛び出すと駆け出した。
頬にポツリと雨が伝う。
曇天の空が先程よりも黒く染まった様に見える。
その黒く染まった空に不安を抱きながら、俺は駆けた……




