☆84 笑う美青年
燃えるような真紅の瞳に、肩に届くほどの一房に纏めた銀の髪。異様なほど白い肌に、黒いトレンチコート。
「初めまして、アルルさん」
え? なんで俺の名前を知ってんだ?
もしかして、会ったことがある?
……いや、覚えてない。マジで心当たりがないんだが。どなた?
「まあ、警戒するのも無理はありませんね。そうだ、少しお茶でもしましょ」
なにを一人でペラペラと喋ってるんだ?
いや、それよりお茶しようって、ナンパか?
遂に俺も逆ナンされる日が来たか!?
いや、俺は女だから逆ナンじゃないか。普通ナンか……
「さあ、貴方達は大人しく帰りなさい」
その言葉と共に不思議な波動が男から放たれる。不思議と落ち着くような、幸せなか感覚が溢れてくる。
こ、これは……
見ると、屈強な大男達がフワフワとした足取りで港の方へと帰っていった。
まるで酒にでも酔っぱらってる様に……
「さあ、君はこちらに……」
その美青年がコチラに手を伸ばす。不思議と色艶を感じさせる浅黒い肌。それでいて、細くしなやかな腕。繊細でいて柔らかな指。
それが酷く魅力的に感じる。
差し出された、その手に思わず答えたくなる。
そう、これは……
「魅了じゃねーか。このスケコマシがっ!!」
水平チョップを美青年の両目に向けて放つ。
「うわぁ!! 目がっ、目がぁぁ!!」
「ふん、どうだ参ったか。これにこりたら魅力的なんて下らないことすんじゃねぇ~ぞ!」
美青年は目を押さえながら叫ぶ。
ざまあ見やがれ。純情な乙女の感情を弄んだ報いだ。
まったく、俺の中身が男じゃなかったら籠絡されてた所だぜ。
「ふっふっふっ……」
地面に伏した美青年が不敵に笑う。
目は未だに押さえているので痛いらしい。
「ふっふっふっ……」
更に彼は不敵に笑う。やはり、その両の目を手で押さえている。
よほど、痛かったらしい。
「ふっふ……」
「さっさと喋れよ、ぶっとばすぞ!」
思いっきり、蹴っ飛ばす。
「ギャフン!!」
「だから、さっさと喋れよスケコマシ!!」
俺の言葉にやっと美青年は立ち上がり、コチラに視線を向けた。
その目は燃える様な真紅に染まっているし、目の周りは俺のチョップで赤く染まっている気がする。黒い肌のせいでちゃんとはわからないが赤い気がする。
「真っ赤だな!」
「それどっち? 目のこと? それとも目の回り?」
両方だよ。て言うか、コイツ面白い奴だな。なんだコイツ?
「……で、おめーは誰なんだ?」
「ふふっふ……」
不敵に笑うが、変な笑い方になってる。なんだコイツ?
そんなことを思っていると、美青年は俺の手を取った。
そして、おもむろにその唇を俺の手に……
「えい、鼻フック!!」
「ぶひぃ!!」
鼻フッククリーンヒットである。
俺の目の前で無様な豚っ鼻が御披露目される。
大変、愉快だ。愉快愉快。
「ほれ、おめー何者なんだ?」
「ぶひひひっ!!」
何故か豚っ鼻のまま笑う。離れりゃ良いのに、本当に何やってんだコイツ。おもしれー男だな……
思わず笑いそうになる。
「ぷーくすくす。ほれほれ、何者なんだって聞いてんだよ」
「ぶふっ、はは!!」
ようやっと、俺から離れると先程の美青年の顔に戻った。
「ふう、まったく。悪戯っ子の小悪魔さんめ」
「今さら、色男風味を出してもおせーよ。俺の中じゃ、お前は既に面白芸人枠だよ」
やっぱり、コイツは面白い奴かもしれん。
本当になんなんだコイツ……
「だから、お前は何者なんだ」
「ははは、そうですね。そろそろ本題に入りましょう。これ以上、白の師団の隊長殿のお手を煩わせるのは本意ではありませんからね……」
その言葉と共に、彼の真紅の瞳が冷たく光る。思わず、背筋が凍った様な感覚に教われる。
自然と臨戦態勢に入る。
「俺が隊長って事を知ってるなんて、あんた何者だ?」
「ふふふ、嬉しいな。じゃあ、少しだけお茶でもしましょう……」
そう呟くと彼はおもむろに歩き出した。




