★80 波乱の幕開け
鬼の形相とは、まさにこの事。
仁王立ちの状態で眉間にしわを寄せた男がそこに立っていた。
これに角が生えれば、鬼そのものだ……
いや、そんなこと考えている場合じゃない!
「ロック、君は何を……」
「少し黙ってろ。アンタら二人はそれで良いみたいだが、俺は腹の虫が収まらねぇ」
見ると、アルルがロックの服を目一杯掴んでいる。
首も仕切りに横に振っているが、そんなこと異にも介さずロックは歩き出した。
「表出ろ。この馬鹿垂れ……」
服を掴んでいたアルルがそのまま引きづられてベッドからずり落ちる。
咄嗟に彼女を受け止める。しかし、ロックはそんなことは異にも介さず歩みを進めていた。
もはや、完全に暴走している。
これは不味い、止めなければ。
かといって、僕に止めるだけの力は無い。あるとしたら、アルルだけだ……
見ると、アルルも止めと魔術を発動しようと試みていた。しかし、先程頭を打ったせいなのか、魔術をコントロールが上手く行かないみたいだ。
頭痛が酷いらしく、頭を抑えて苦悶の表情を浮かべている。
その苦しそうな表情に、こちらも辛くなる。
「アルル、いい、君は無理するな」
「でも、折角、話を誤魔化せそうだったのによ……」
アルルは再び魔術を使おうと人差し指をロックに向けた。
「もういい、アルル」
その辛そうな表情に思わず、彼女の指を掴んでしまった。
「ドッグ、離せ、止めなきゃ……」
「もういい、もういいんだ、アルル」
思わず彼女の手を握り締め、そのまま抱き寄せる。
彼女の髪の匂いが鼻を通る。彼女の小さくか弱い肩が僕の腕に収まる。その小さな身体が僕の胸の中に埋まる。
「おう、なにちゃっかりハグしてんだ、ドッグ。離せよ、一応、俺は男性恐怖症なんだぜ……」
ああ、良かった。この様子なら、そこまで彼女に精神的なダメージをあたえばしなかったようだ……
「ああ、すまない。だが君は今日は無理するな。もうこうなっては仕方ない。あとはどう事が運ぼうが見ているしかない」
そう言って、ちゃっかりと彼女の頭を撫でる。
彼女は不満そうに頬を膨らませて、コチラ睨んで見せる。だが、残念なことに全然怖くない。
「残念だが、そんな顔をしても君は可愛いだけだぞ」
「な、んだと……」
彼女が心底絶望した様な表情を浮かべた。
それと同じくして、下の階が騒がしくなった。
どうやら、何か始まるらしい。
彼女もそれを察したのか真剣な表情に切り替わる。
まったく、僕に出来るかわからんが、出来る限りのことはしよう。
僕の筋肉よ少しは良いところを見せてくれよ……
意を決して彼女を抱き上げる。
「おわわ!!」
「じっとしててくれ、僕はそこまで鍛えて無いからな!」
彼女を胸に抱き、僕は一階へと向かった。
向かうと、既に群衆は外へと流れて出ていく所だった。僕達もそれに習い外へと出る。
そして、僕達二人は外に出て初めに見た光景に思わず頭を抱えてしまった。
ヒイロと呼ばれた青年とロックが向かい合って立っていた。
しかも、その手にはお互いの得物、真剣が握られていたのだ。




