★79 眠り姫
薄い緑色が混じった金髪がフワリと揺れ、彼女はベッドの上で静かに寝息を立てている。
「まだ目覚めねぇか……」
ロックがおもむろに呟くと心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
穏やかな寝顔がそこにはある。
僅かに揺れる唇に、小さく聞こえる息づかい。
微かに生きている事は認識できるが、未だに起きないその姿に不安が頭を過る。
「キスでもしたら目覚めねぇかな?」
「な!?」
ロックの荒唐無稽な言葉に言葉を失う。
「アンタはなにを言ってるだ! もし、アルルに妙なマネをしたら、ただじゃおかないからな!!」
「心配すんなって、んなこたぁしねぇよ」
笑いながらコチラに顔を向けるとロックは椅子に腰かけた。
丁度、そのタイミングで部屋の扉が叩かれた。
「む、一体誰だ?」
扉を開けるとそこには先程の青年。たしか、ヒイロと呼ばれた青年が立っていた。
なにやら、申し訳なさそうな顔をしている。
まあ、色々と有ったから、仕方の無いことだろう。
コチラにも非がある所が色々と厄介な所だ。主にアルルが悪いのだがな……
果たして、話はどう転ぶのだろうか……
「先程は大変申し訳ない、彼女は……」
そう言った彼にベッドの上で眠っているアルルを見せる。
その姿を見て、余程胸を痛めたのか苦い顔を浮かべてみせた。
「んで、何の様だ……」
ロックが視線をコチラを向けずに青年に語りかけた。
彼にしてはかなり冷たい態度だ。どうやら、余程彼のことが気に入らないらしい。
それは僕だって同じ気分だが、ここで事を荒立ててはアルルの意思を踏みにじることになってしまう。
まあ、彼もそれは理解しているから、動きはしないのだろう。
「それで、どういった用で?」
僕の言葉に申し訳なさそうに青年は答えた。
「いえ、やはり。お互いに行き違いがあった用なので、正式に謝罪をしようと……」
「いえ、初めに手を出したのは彼女です。今、その報いを受けただけですので、そこまでしなくて大丈夫ですよ」
ロックの睨み付けるような鋭い視線が僕を刺す。
本当は僕もこんなことは言いたくないが。多分、これが彼女の本心なんだ。
彼女の事からして、ロックを馬鹿にされたからキレてしまったが、やってしまったとは僅かに思っていたのだろう。
それで、何処かで良い落とし処は無いかと考え、丁度良いところに自分を罰してくれる人が現れた。
大方、そんな所だろう……
「いえ、ですが。下の人達の話はいまいち要領を得なくて。恐らく、アレは彼等にも思い当たる非があるんだと思います。ならば、しっかりと……」
その時、ベッドから衣の擦れる音が聞こえてきた。
その音に青年が目を丸くし身を乗り出した。僕も急いで振り替えるとベッドから上体を起こした彼女がいた。
「あ、アルル。大丈夫か!?」
ロックが声を掛けるが、彼女の視線は空を見つめ、ゆらりゆらりと定かでない様子だ。
「はれ? ここどこ? 私はだれ?」
その言葉に全員が言葉を失った。
それと同時に絶望する。
「お、お前、まさか、記憶が!!」
「って言う感じになったら、面白いよなー」
ロックの手が彼女の肩を掴むと、アルルが何時も通りの表情へと戻り口を開いた。
その表情はまさしく彼女だ。
悪戯っ子の様な生意気な笑顔。
ほっと、胸を撫で下ろと、思わず溜め息が漏れた。
「はぁ…… よかった……」
見ると、青年も溜め息を吐いていた。
彼には色々と気苦労を掛けてしまったみたいだな。
「見ての通りコチラは大丈夫だ。だから、そちらに申し訳ないと言う気持ちがあるなら、今回のイザコザは無かったことにしてくれないだろうか?」
「は、はあ? 本当にそれでよろしいのでしょうか?」
良いも何も、先に手を出したのはコチラだ。下手に問題を広げてホワイト・ロックまで届けば、アルル自身の進退にも関わる。
そうなっては元も子もない。有耶無耶に出来るなら、こちらとしてはありがたい限りだ。
そうだよな……
視界の端でアルルを見ると小刻みに頷いている。
ふ、この性悪娘め。だがいいぞ。
それならば、ここは僕が全力で有耶無耶にしてくれる……
「ちゃっと待ちな。俺は微塵も納得しちゃいないぜ!」
振り替えると、僕の思惑とは裏腹にロックが鬼の形相で仁王立ちしていた。




