★78 波乱
目の前で信じられない光景が移っていた。
アルルの顔に木剣が当たり、彼女がその頭から血を流しながら、その身をくの字に曲げ、ゆっくりと地面に倒れていったのだ……
な、何故、彼女は大人しく殴られたんだ。
あの態度の剣、彼女には見切れるだろ。
その瞬間、視界の端で何かが動いた。
獣の様に速く、そして力強く。
「この馬鹿垂れがっ!! 寸止めも出来ねぇ癖にでしゃばってんじゃねぇぞ!!」
彼は叫ぶとヒイロと呼ばれた青年を片手で吹き飛ばし。直ぐに様、倒れる途中だったアルルを抱き止めた。
「おい、ドッグ!! 治療を治癒を頼む!!」
ロックの声に我に帰っる。その時になって、今の今まで動いていたのがロックであったと気がついた。
そして、今の状況を理解した。
直ぐに彼女に駆け寄り、治癒の魔術を施す。
「おい、大丈夫そうか?」
彼女の額に手をやり、髪を上げる。見ると、こめかみがパックリと裂け、そこから血が流れている。
恐らく……
「命に別状は無いだろうが。これは…… 後が残るかもな……」
「そうかそれならいいんだ。そうか、だが傷は残っちまうか……」
ロックが僅かに下唇を噛んで悔しそうに顔を歪めた。
「女に取っちゃ、顔が命なのにな……」
その言葉に辺りがザワツク。恐らく、彼等は彼女が女だと思ってなかったらしい。どこまでその目が節穴だったのかと思わずにはいられない。
責めて、僕の治癒の腕マシだったなら、綺麗に治すことも出来たかもしれないのに……
「へっ、ざまあねぇぜ、調子こいてるからこうなるだ!」
どこから、そんな声が聞こえる。
余りの事に身体中の血液が逆流した様な感覚に襲われる。
コイツらは何処まで愚かなんだ。彼女は確かに彼らに暴力を振るった。それは間違いない、だが……
「テメェら、まだわかんねぇのか!?」
思わず声を挙げ様とした矢先、怒号を発したのはロックだった。彼は今にも噛みつきそうな程の怒りの表情を浮かべている。
「アイツとやり合って、何人が出血した!? 何人が頭を撃たれた!? 何人が今も身体が傷む!? アイツはな、テメェらとやり合ってる時も手ェ抜いてやってたんだぞ!!」
群衆が狼狽える。無駄だ、コイツらにそんなことを解いたとこりで理解できる訳がない。
「それにコイツは自分の事をいくら馬鹿にされようが怒ったりなんてしねぇ。コイツは俺を馬鹿にされて、キレたんだ。そうでなけりゃ、コイツはこうやって自分が一人の傷つきゃ良いと考える大馬鹿野郎なんだ!! それをなのに、テメェらは……」
彼の拳が強く握られる。
駄目だ、それをやってはいよいよ、このギルドとの関係は終わってしまう。そうなっては彼女がここで傷着いた意味が無くなってしまう。
彼が拳を振り上げた。
その瞬間、再び視界の端から何かが動いた。
同時に群衆の中から一人の男が飛んでいった。
「な、何すんだよ! ヒイロ!!」
見ると、青年が拳を握り締め群衆の中を立っていた。そして、その拳からは一筋の血が垂れている。見ると、先程吹き飛ばされた男も口から血を流してる。
「本当にすまない! どうやら、行き違いが会ったようだ!! 彼女が女性で有ることも知らなかった!! 寸止めも出来なかった。彼女が動かないことも、わかったが止めることが出来なかった、本当にすまない!! それに、先程の彼の無礼な言葉も本当にすまない!! 変わりに謝罪する!!」
辺りに沈黙が訪れる。
完全に場が冷めた様だ。
群衆の中で立っている青年がコチラを見た。そして、その姿をロックが見た。今にも噛みつきそうな表情は変わらないが、僅かに冷静さは取り戻した様に感じられる。
「ドッグ。アルルの状態は?」
一応、血は収まった。傷も塞がった。呼吸も脈も安定している。気を失ってはいるが次期に目覚めるだろう。
だが、そのこめかみにはミミズが這ったような瘢痕が残っている。
「一応、傷は塞いだ」
「傷痕は!?」
ロックがコチラを見て、アルルに視線を移した。そして、そのこめかみに残った傷を目にして悔しそうに眉を潜めた。
「そうか、残っちまってるな……」
「ああ……」
彼はおもむろにコチラに駆け寄ると、優しく彼女のおでこを撫でた。
「ったく、コイツは本当に何を考えてんのか、まったくわかんねぇな……」
その背中を青年が見つめる。その顔には戸惑いと疑惑の色が見える。
不意に、僕達の様子を眺めていた彼が、おもむろに口を開いた。
「本当にすまない。君達は速く彼女を休ませてくれ」
僕達の黙ってその言葉に頷くと、彼女を部屋へと運んだ。




