☆62 デイヴィット
「おい、人殺し」
不意にそんな声を掛けられる。
見ると、そこには三人組の候補生が立っていた。
一人は赤い髪の強面の男。二人目は黄色い角刈りのおデブさん。そして、三人目は水色の髪をした優男。
さっきの赤い髪の男の声だろうか。
「おい、お前。スラムでホームレスとヤッてたらしいな」
はあ…… 一体、何処からそんな噂が漏れたんだか。
思わず、溜め息が漏れる。
「おい、一体お前はいくらになるんだ?」
「やめとけ、変なモン移されるぞ」
「おー、こえぇ」
そう言うと、三人は一斉にゲラゲラと笑い出した。
あぁ、虫酸が走るぜぇ。
どうして、俺がこんなろくでもない目に会わなきゃなんねーんだよ。まったく、こちとら被害者だぞ。
なんなら、俺隊長なんですけど?
もしかして、他の候補生には知らされてなかったりするのか?
まったく、“白の師団”のどうなってるんだよ。組織として終わってるじゃねーか。
「チッ、だんまりかよ」
「おいおい、こっちは客だよ、客」
「そうだよ、お客様は神様だろ? ご奉仕しろよ」
三人がこちらに向かってのそのそと歩いてくる。その中で赤い髪の男が気色の悪い笑みを浮かべながら口を開く。
その視線に思わず身体が震える。
あの目だ……
「もしかして、隊長の地位も身体で買ったんじゃねぇの?」
マジかよ、この馬鹿たれは俺が隊長なのを知ってて突っ掛かって来てたのかよ。真正の馬鹿じゃねーか。
「師範の愛人って噂もあったな?」
それは師範に本当に失礼。
マジかよ、その噂流し奴誰だよ。
「ドッグにも上手く取り入った見たいじゃねぇか、御貴族様に気に入られてよかったなぁ、どんな手を使ったんだ?
いや、使ったのは身体か?」
それはドッグに失礼。
ぶっちゃけ、使える様な身体じゃねぇんだわ。
まったくもってろくでもねー。
面倒だが、コイツらを放っといても後々問題が出そうだな。
今の内にシメておくか……
震える身体を抑え込み、指先に魔力を込める……
《指電》……
「何やってんだ、テメェらッ!!」
その時、凄まじい怒号が響く。
同時に何がが跳躍し赤髪の候補生を彼方へとブッ飛ばした。
革のブーツが候補生の顎にぐにっとめり込んでいる。
そして、彼が顔をぐにゃぐにゃっと歪むと、次の瞬間彼方へとブッ飛んで行った。
あれ? 今の何? 走馬灯?
めっちゃ、スローモーションに見えたんだけど?
まさか、他人の今間の際で走馬灯を見るとは……
「たくっ、詰まんねぇ事してんじゃねえよ」
小気味いい音を立てながら地面に着地すると、彼はこちらに顔を向けた。
驚いた事に、そこに居たのはコカトリス頭ことデイヴィットだった。
その背中には純白のハルバードが背負われている。
実は、このホワイト・ロック内での武器の携帯が許されてるのは正団員だけだ。
つまり、それは彼が正団員になった事を示している。
「正団員になったんだな。おめでとさん」
「おう、前回の襲撃以来、成績の良い奴は正団員に繰り上げになったんだ」
ああ、と言う事は未だに候補生の人達は……
「おい、デイブ!! 何しやがんだ!! お前もその女は気に入らねぇって言ってたじゃねぇか!!」
先程の候補生が両脇をお供に抱えられながら、のそのそと立ち上がると叫んだ。
その姿を眺めていたデイヴィットは、俺に聞こえるか聞こえないかギリギリの小さな声で呟いた……
「まったく、昔の自分を見てるみてぇでイライラするぜ……」
彼の眉間に深い皺が刻まれて行く。
そして、彼の視線がおもむろにコチラを向く。すふと、呆れた様な笑顔を突然浮かべると、デイヴィットは口を開いた。
「気が変わった。俺はこの女が気に入った。だから、詰まんねぇ事すんじゃねぇ!」
おお、嬉しいじゃねーの。
やっぱり、ただのチンピラじゃなかったんだな。
デイヴィットがコチラを向いて、ニヤリと笑っている。
その表情に思わずコチラもニヤリと笑ってしまう。
俺達の様を見た候補生達は、悔しそうな、それでいて恨めしそうな顔をコチラに向けると、俺達の前からそそくさと逃げて行ったのだった。




