☆5 食堂
ここは“白の師団”の総本部、ホワイト・ロック。
このホワイト・ロックの外装は全体で三層構造の巨大な白亜の城の姿をしている。
遠くから見ると、なんとなく三段のショートケーキに見えなくもない。
一番下。最下層である第一階層は師団の候補生や非戦闘員が住んでおり。そこで授業や学園生活の真似事をしている。
正に今、俺の居る所だ。
そして、第二階層にはここに駐在している正団員が住んでおり。休暇の際の住処、あるいは有事の際に備えて駐在している。
最後の第三階層には“白の師団”の幹部達が住んでおり。師団の進むべき未来を難しい顔をして話し合っている、のだろう。
無論、この本部を留守にして、外の世界で活動する団員もいる。
不意に窓から射す強い明かりが、視界の端を照らした。
俺の瞳に外の景色が映る。活気のある街並みに、彼方まで広がる三角屋根の建物達が見える。
そして、更にその彼方に見えるは緑色の広大な森林地帯。
到底、前世の世界では見ることの出来なかった光景だ。
視線を落とせば、ホワイト・ロックの元に広がる広大な敷地に城下町と言って然るべき街並みが広がっているの……
そう、まるで国、その物だ……
こんな光景を見ると、時折自分が白昼夢を見ているのでは無いかと錯覚する。
今見ているもの、全てが夢なのではないかと……
そんなことを考えていると、ドッグが背中を向けたまま、俺に言葉を投げ掛けて来た。
その声を頼りに現実の世界に意識を戻す……
「まったく。君と言う者は何時まで経っても自分が“白の団員”だと言う自覚が無いようだな。毎日、寝坊ばかりで“魔術”の授業も居眠りばかり……」
いやはや、頭が痛いぜ……
まったく、その通りである。
ぶっちゃけ、俺は勉強が苦手だし。魔術と言うのも理屈っぽく考えるより、感覚に頼る方がなんとなく性に合っている。
まあ、一言で言って落ちこぼれだな……
「いやはや、悪いな。座学は苦手なもんでなー」
思わず自分の後頭部を撫でて見せる。
まあ、それでも最低限の魔術は使えるから別段問題はないんだけだな。
「全く、そんなんでは戦場に出ても瞬く間に“黒の師団”に殺されてしまうぞ」
まあ、返す言葉もないな。
百歩譲っていただいて。屁理屈をこねれば。座学でどうにかなるなら戦場で苦労はしない。とでも言わせてもらおうかね。
まあ、これに関してはドッグの言ってることに間違いない。だから、屁理屈は口に出さずに頭の中に留めておこう。
「まあ、俺は一応女だからなー。最悪慰み物になるだけで済むかもしれねーから、気楽なもんだぜー」
正直、こう言う減らず口こそ、頭の中で留めて置けば良かったと口に出してから気付いた。
まあ、それが出来れば苦労はしねーか。
これを口を聞いたドッグが、鬼のような形相を浮かべながら、こちらを振り向く。
おうおう、これはかなり怒ってらっしゃる。
「そう言うことは例え冗談でも言うものじゃないぞ!」
それだけ言うと、彼は再び背を向けて歩き出した。
でも実際の話、冗談でもなんでもないだよな。
俺もいつか戦場に出るだろうよ。その戦場で負ければ、そう言った事になる可能性は十二分にある。
もし、そうなったら。俺は必死に命乞いするだろう。いくらだって媚を売ってやるさ。
尻尾だって、尻だって振る。出来るだけ優しく扱って貰う為にそう言った行動を必死にするさ。
過去のトラウマなんて関係ねー。
俺はそう言った行動をするだろうよ。
だってよー、単純に死にたくねーだろ。
それに、俺も戦場に立って命のやり取りをする立場だ。
最悪命を失う覚悟はある。
それと比較すれば、慰み物になる事なんて軽い方だ、そうだろ?
むしろ、男性陣と違って最後にワンチャン生き残るチャンスがあるんだから、そこは喜んで然るべきだ。
だから、そうなったら必死に生き残れる方法を選ぶし。そう言った行動を取る。
それに、その結果が死んだ方が良いと思ったなら、自分で死ねばいい。舌でも切るなり、腕を噛み切るなり、自分の“魔術”で脳を焼き切るなり。お好きな方法で自決すれば済む話だ。
ただそれだけの話だ……
まあ、これも減らず口だからな、頭の中に留めておく事にしよう。
流石にこれを言ってしまったら、今度こそドッグに激怒されてしまう。
暫くの間、沈黙がお互いの間で流れる。その間も俺達は二人は黙々と歩を進める。
「……」
「……」
数分程は歩くと、鼻をくすぐる様な香ばしい香りが鼻をついた。
ああ、良いニオイ。パンの香ばしくて、甘くて、いい香りがする。やっと着いたようだな。
それにしても、このホワイト・ロックは広過ぎる。食堂に着くまでに数分歩かなければ成らないとは……
食堂に着くと、ドッグがこちらに向き直って口を開いた。
「ほら、さっさと食事を済ませて授業に向かうぞ。君は食べるのは得意だろ?」
先程とは打って変わって、笑った顔をこちらに向けて来た。
切り替わりが早くてありがたい限りだ。
ドッグのこう言う所には大変助けられている。
俺も彼の優しさに存分に甘えさせて貰う。
「おうよー。なんてったって、俺はここのタダ飯を喰らう為に“白の師団”に入ったのだぜ!」
俺はこれ見よがしに腕捲りをして、舌なめずりをして見せた。
ドッグは、俺の言葉に呆れながらではあるが、微笑んでくれた。