◇58 師団長
円形の会議室。
幾重にも重なった円形の机に、御歴々達が雁首揃えて並んでいる。
幾つかの空席は見られるが、かなりの数の者が出席している様に見える。
「うむ、報告ご苦労だった。アルルにはよくやったと伝えておいてくれ。あとで二人には褒賞金も渡そう。それまではゆっくり休んでくれ」
「はい、光栄です、“閣下”!!」
うやうやしく、ドッグの奴が頭を下げる。
「あのじいさんが、アンタ等の上司か?」
「ま、まあ、そんなもんだ……」
ドッグが少し言い淀みながらもそう答えた。
「組織図上ではあちらの方に座っている方。クオン師団長が僕達の上司だ、あの亜人の女性の……」
小声でそう言うと、ドッグが顎でその方向を指した。
なるほど、指した方向には、垂れた犬耳の可愛らしい少女が座っている。
あれで師団長とは、恐れ入る。
まあ、アルルもあんな可愛らしい見た目しといて隊長だし。やる事なすこと常軌を逸してたからな……
もしかしたら“白の師団”とは、そう言う所なのかもしれんな。
「それでは我々は騎士様の相手をさせて頂こう。ドッグは下がってよいぞ」
“閣下”と呼ばれた老人が扉の方を手で指した。
それを見て、ドッグが俺の方に視線を向けた。
その視線に黙って頷いて見せる。ドッグも黙って頷いて見せた。
「僕に出来る事があったら何でも言ってくれ、出来る限りの助力はする」
そう言って、コチラに手を差し出して来た。
俺は直ぐ様、その手に答え固い握手を交わす。
「すまないな。アンタ等に会えて本当に良かったぜ! アルルにも、よろしく伝えておいてくれ!」
「ああ、わかった!」
そう言うと、ドッグは会議室から出ていった。
いやはや、ドッグと言い、アルルと言い。全く持って気持ちの良い奴等だな。
魔術師ってのは、もっと根暗な奴が多いと思ってたが存外、そうでもないらしいな。
アルルにいたっては、魔術師と言うより騎士に近いしな。
「随分と仲良くなったみたいですね“殿下”」
“閣下”と呼ばれた老人がコチラに語りかけて来た。
「ええ、彼等にはこの命を助けて頂きました。もはや、この身では返せぬ程の恩を受けたと言っても過言ではありません」
俺の言葉に会議室が僅かにざわつく。
全員が表だった表情は隠してはいるが、多くの者が不満めいた感情を浮かべているのがわかる。
嘗めるなよ、こちとら王家の人間として、今まで生きて来たんだ、人の表情以外でも、手の動きや、座り直す仕草、息の吐き方、視線の流れ、様々な方法で感情は読める。
俺のそんな観察眼からは、あの二人が上から良く思われてない様だと写している。
一体、何をやらかしたんだ、あの二人は……
だが、幾人かは、あの二人に好意的な印象を持っている者も居る。
特にクオンとか言った少女からは好意的な感情を強く感じる。
恐らく彼女は押さえているのだろうが、俺が二人に利益的な情報を言った瞬間に、耳と尻尾と口角が僅かに上がった。
どうやら、あの二人は紙一重の所で上司に恵まれたらしい。
「いやはや、それではドッグの報告に、嘘偽りは無いのですな“殿下”……」
そして、この老人。残念なことに、俺では全く持って感情が読めない。
やはりと言うかなんと言うか、中々の老骨だ。
ガルバディアス・ブラック・モア。
この男は何を考えているのか。
そこそこ、深い付き合いであるのだが、未だに計り知れない。
「はい、もちろんです……」
その答えに、ブラック卿の口角が僅かに上がった気がした。
もしや、この彼も二人の理解者なのだろうか。
「そうですか、それは良かった。ならば、彼等には別途謝礼を渡さなければならんな……」
「それは、こちらで持ちましょう。私の最良で、レイム・ロックから最高の品を送ります」
ブラック卿が小さな声で「うむ」と答えた様に聞こえた。
そちらで勝手にやれと言う事だろう、
「さて、それでは“殿下”。今回はどの様な用件で要らしたのですかな?」
ブラック卿がそう口にすると会議室が静まり返った。
凄まじい圧がコチラに振り掛かって来るのがわかる。なるほど、これが“白の師団”幹部達の“圧”が……
ふっ、ここからが本番と言う事か。
はてさて、どこまで上手く話を運べるだろうか。
思わず、渇いた唇を舐める。
「この度は、我が国レイム・ロックとライバール帝国の停戦協定の仲介人となって貰いたく参上しました」
その言葉と同時に、会議室が静かな熱気を帯びたのがわかった。




