☆56 ロック
「お、目を覚ましたみたいだな、アルル」
ドッグがコチラを見下ろしている。
俺はのそりと上体を起こして辺りを眺める。
別段、変わった所はない。
今、まさに俺が腰かけているベッド。勉強机がひとつ。
そして、いくつかの着替えが入っているクローゼット。
簡素な部屋だ。
散らかる程の物もない、かと言って綺麗と言える程の手入れもされていない。
ドッグがこちらを優しげな顔で眺めている。
何か嬉しい事があったのか、コチラに微笑んでいる。
あ! いけねぇ!
「授業に行かねーと!」
急いでベットから降りると、クローゼットに駆け寄ろうと走り出した。
と、その瞬間。身体の力が抜けた様にその場にへたりこんでしまった。
「はれ、はれれ?」
「何を言ってるんだ、アルル。君はもう授業は受けなくていいんだぞ。なんてたって、隊長様だからな……」
ん? ドッグは何を言ってるんだ?
隊長? 隊長って何の事だ!?
もしかして、俺は退学?
退学になっちゃったぁ!?
その時、何処からは声が聞こえた。
「ははは、全く、アレだけ動いたんだ。そうなっても仕方あるめぇ」
背後から何者かが俺を抱え挙げる。
その瞬間、視界が一気に持ち上がる。
「ひぃぃ!」
突然の出来事に、思わず身体が硬直する。
「おっと、驚かせちまったな、悪い悪い」
そう言うと、男がこちらを覗き込んで来た。
男は俺を抱え込み、そのままベッドまで運んでくれた。
抱え込み、って言うか。お姫様抱っこなんですけどねこれ。
「ほれ、ゆっくり休んでな」
「は、はい……」
そう言うと彼は俺をベッドの上に優しく座らせた。
まるで壊れ物でも扱うように……
いや、まるでお姫様でも相手している様に……
ちょっと、ハズい……
確か、この人は……
その瞬間、記憶が鮮明に甦る。
ああ、そうだ思い出した。て言うか、なんで俺は忘れてたんだ。
まったく、やはり“あの夢”を見ると、記憶がこんがらがってしまうな、まったく。
だが、完全に思い出した。
彼は洞窟で盗賊に捕まってた男の人だ。
「オメーは大丈夫なのか? かなり痛め付けられてたみてーだが?」
そう言うと、男はにこやかに笑ってみせた。
どことなく太陽の様な雰囲気のする男だ。
ふと気付いた、彼は俺と同じで薄い緑色の混じった金髪をしている。それに瞳の色もお揃いだ。
顔は優男と言う訳でもないが。厳の様な、と言った感じでもない。
悪く言ってしまえば平凡な顔だ。
それと、彼は力強い男性然とした体躯をしている。
鍛えているんでしょう。少し羨ましく感じる。
「ああ、あんた等のお陰で大事ないよ。本当に助かった、ありがとう」
そう言って、彼がコチラに手を差し出してきた。
その差し出された手をマジマジと見てしまう。
その手を見て、少しホッとする。
ゴツゴツとしており、切り傷やタコが数多く見える、とても男らしい手だ。
御世辞にも、ドッグの様な綺麗な手はしていない。だけど、どこか誠実さと好感を抱かせる手をしている。
彼自信の鍛練の証が見てとれるからだろう。
あの悪夢に出てくる手とは似ても似つかない、誇り高く美しい手だ。
「いや、すまないな。醜い手で……」
俺がマジマジと眺めていたからか、彼は申し訳なさそうに手を引っ込めようとした。
「いや、とても素敵な手だ。アンタの努力の証が滲み出てる。俺は好きだぜ、アンタの手!!」
急いで彼の手を取る。
あんまり、こう言う人には嫌われたくない。
少なくとも、俺は彼に好感を持った。なら、変な勘違いはさせたくない。
「お? ははは。そうか、そりゃよかった。俺はロックってんだ、よろしくな」
そう言うと、彼はにこやかに笑った。
爽やかで、やはり太陽の様な笑顔だ。
スポーツマンですからって感じだ。
非常に好感が持てる。
「おう、こっちもよろしく頼むぜ」
俺も負けじと爽やかな笑顔で答えた。




