★54 悪鬼
「アァ、ア、ア、ア。ミ、ミミ、ミンナァアァアア、ァアァアア!!!!」
鬼が泣く。
そして、先程まで大事そうに持っていたはずの仲間の遺体を握り潰すと、そのままの勢いで地面に思いっきり叩き付けて見せた。
その勢いのまま、肉体は地面に衝突し、弾け飛び肉塊へと変わってしまった。
ああ、不味い。彼は完全に理性のコントロールが出来ないタイプの混合種だ!!
《雷の書 第三十一章 ガルバディアスの戦車刑》
彼女の声が響くと同時、稲光で象られた雄牛が鬼へと突進して行く。
破裂音と共に、雄牛が鬼に直撃する。
「ウガァァァァ!!」
唸るような叫び声が洞窟内に響く。
《術式展開 専権磁界!!》
再び彼女が稲光を纏った姿へ変わると、瞬時に剣を引き抜き、鬼に向かって切りかかった。
やはり、その姿は美しく。稲光の尾を引く様はまるで流星の様だ……
両者の間で、開戦の狼煙が上がったのだろう。
互いの気迫が洞窟内を覆う。
その緊迫した圧に思わず、圧倒されそうになる。
鬼は突然、後ろに腕を回すと、そこから剣を取り出した。
どうやら、その背中に剣を背負っていたらしい。
しかし、その引き抜いた剣に、思わず言葉を飲んだ。
「な!!」
異様に巨大な剣。
しかも、それはただの鉄塊ではない、その刃の輝きと鋭さを見るだけで、隅々まで手入れが行き届いている事を感じさせる。
鬼がその大剣を振り下ろす。
「ウガァァァァ!!」
風を切る轟音が響く。
流星の如く、切りかかったアルルを、その大剣が打ち落とす。
甲高い金属音が洞窟内に響き渡る。
土埃が舞い、二人の姿が一瞬見えなくなる。
それと共に、つぶてがコチラに飛んでくる。
「く、くっ!!」
アルルの呻き声の様な物が聞こえる。
まさか、アルルの身に何か……
やがて、土埃の奥から二人の姿が現れた。
巨大な剣を振り下ろした鬼と、それを細腕で受け止めるアルル。
両者が握る剣の間に火花が散る。
その余りの光景に言葉を失う。
「大丈夫か、アルル!!」
僕の言葉への返答は無く、彼女はただ苦悶の表情を浮かべるばかりだ。
かなりキツい状況の様だ……
くっ、不味い、どうする。
それにしても、どう言う事だ。あれ程の業物を、あの鬼が手入れしているとでも言うのか。
そんな疑問がふと頭を過る。
「おい、ぼっと突っ立ってる場合じゃねぇぞ!!」
そう言うと、僕の隣にいた男が手に待っていた剣を鬼に向けて投げた。
剣を宙を舞い、鬼の目に当たった。
「ウガァァァァ、アアァァ!!」
鬼は苦悶の表情を浮かべると、同時に顔を押さえながら後ろに仰け反った。
アルルの様に投擲した剣が相手に深々と突き刺さる事はなかったが、僅かな刀傷を与える事はできたらしい。
その証拠に、巨大な手で覆った顔からは紅黒い血が垂れる。
そうだ、ぼっと突っ立ってる場合じゃない。
僕も加勢しなくては……
直ぐ様、手を組み魔力を練り上げる。
《氷結の章 二十二章 雪花白道》
魔力が氷へと変わり、氷の道が鬼へと伸びて行く。
そして、それが鬼に触れた瞬間。足から鬼の身体を氷色に染めて行く。
「アデ、ナンダコレ? ツメテェ?」
そう言うと、鬼は何事もなかったかの様に足を上げる。そして、たった一度の足踏みで僕も生み出した氷を弾き飛ばして見せた。
「くそ、僕の魔術は効かないのか?」
再び鬼が動き出す。
その時、鬼の手に握られた大剣が高く高く振り上げられる。そして、その剣はアルルに向けられている。
「魔術が効かなくても十二分だ。二人ともナイスだ!」
そう言うと、彼女は剣を真っ直ぐに構える。
その切っ先を、鬼の胸に向け真っ直ぐに構えて見せる。
不意に青白い稲光が彼女の周囲で弾け始める。
いくつもの破裂音と共に、彼女の待つ剣が青白い輝きを増して行く。
そして、その輝きが直視出来ない程の物へと成った矢先……
それは弾けた。
張り裂ける様な音共に、剣が彼女の手から弾き出される。
投げるではなく、弾き出される。
まるで弾丸の様に。そして、それこそ流星の様に……
蒼白い尾を引きながら、弾き出された流星は一直線に鬼の心臓を貫き、大きな風穴を空け、彼方、洞窟の壁に突き刺ささった。
鬼は何が起きたかわからないと言った様子で、自らの胸に空いた穴に手を当てる。
「アデ? ナンデ? オレサマ、アナガ?」
戸惑いの声を漏らすと共に、鬼は力無く膝を付く。
そして、ゆっくりと崩れ落ち、地面に顔を着いた。
洞窟内に沈黙が訪れる。
「や、やった……」
僕は思わず声を漏らした。
お、驚いた。なんとかやりきってみせた。
まったく、本当に大した奴だよ、アルルは……
「やったな、アルル」
彼女はただ黙って佇んでいる。
彼女は一体、何を思っているのだろうか。
不意に彼女の髪が元の色へと戻って行く。
日常の姿へと戻って行く。
まさに、戦いの終わりを告げている様に……
「アルル……」
やはり、彼女はただ黙って佇んでいる。
一体、どうしたのだろう。
そう思った矢先、ある考えが頭を過る。
自然と、背中を押される様に僕は駆け出した。
不意に彼女の後頭部が揺れる。
そして、ゆっくりと彼女は倒れて行く。
余りにも無防備に……
余りにも危なっかしく……
咄嗟に彼女を背中から抱える。
恐らく、魔力切れによる、虚脱症状だ。あれだけの事をやってのけたんだ、気絶するのも無理はない。
不意にぼくの腕にのし掛かる一人の少女の重み……
見下ろすと、そこにはまだ幼さの残る少女の寝顔があった。
まさか、こんな少女が、あれだけの働きをするなんて到底、思えない。
それにしても……
「本当に君は大した奴だよ……」




