★48 目覚め
突然、意識が覚醒した。
「はっ!! こ、ここは!!」
見ると、夜空には満点の星が広がっていた。
近くでは火がパチパチと燃える音が耳に届く。
それと同じくして、夜空の肌寒さに身体を震わせる。
誰かが掛けてくれたのだろう、毛布が僕の身体に掛かってい。
「目が覚めたかよ、ドッグ」
上体を起こすと、そこにはアルルがいた。
どうやら、彼女が僕を気絶させたらしい。
恐らく、彼女の雷魔術の仕業だろう。
それにしても良かった。僕の余りの暴走っぷりに、呆れて置いていかれたかと思った。
「いやー、まさか。ドッグがあんなに喧嘩っぱやいとは、夢にも思わなかったせー」
彼女が満面の笑みで笑う。
その表情に思わず釘付けになる。
ああ、そうだ……
その顔だ……
久しく見ていなかった気がする、彼女の笑顔。
ここ最近はずっと針積めた様な表情をしていた。笑ってもどこか物憂げ表情をしていだが、やっと昔の柔らかい表情を見せてくれた。
その様に、少しだけ昔に戻れた様な感覚に襲われる。
「ほい、魚」
そう言うと、彼女はこちらに何かを寄越してきた。
「な、なんだこれは? これは魚? しかも、丸ごと?」
串に刺さった、魚だ……
ほんのり芳ばしい香りがする……
こ、これは魚と言うには余りにも魚ではないか?
もっとこう、切ったりとか、開いたりとかしないのか?
ど、どうやって食べれば良いんだ?
骨は骨はどうすればいいんだ?
思わず、渡された魚をまんじりと眺めてしまう。
「ああ、ドッグはわかんねーか。流石はお坊っちゃんだ」
すると、彼女は自分の待っていた魚を口に運ぶと、そのままかぶり付いて見せた。
「!!!!!」
そ、そんな事をしては骨が、骨が口の中で凄い事になってしまうではないかッ!!
「もぐもぐもぐ。川魚は皮も骨も食べられるし、うめーんだ。特にアユは絶品です。ここでも、アユって呼ぶのかは知らねーがな」
そ、そんな馬鹿な。骨まで食べられるだと。そ、それは君が特別なだけではないのか?
思わず、目の前に出された魚に目をやる。
あ、目が合った!!
気持ち悪い!!
こ、これを食べるのか!?
いや、だがアルルは実際に食べている。
見ると、はぐはぐと彼女の小さい口で魚を丸かじりしている。
そして、時たま「オレサマ オマエ マルカジリ」と呟いてクスクス笑っている。
なんだこれは!?
これは、夢か!?
「食べないなら、俺が食べちまうぞー。それに、これから野宿もするだろーから。こう言うの食べれないともたねーぞ♪」
彼女は上機嫌な様子で魚をはぐはぐと食べている。
上がる湯気はいい香りを撒き散らし。白い魚の身は美味しそうに彼女の口へと流れていく。
その様に思わず腹が鳴りそうになる。
「ぐぅぅ~~」
実際に腹が鳴った。
彼女の方を見ると、どこか、いたずらっ子の様にニヤニヤとこちらを見て笑っている。
余程、僕の様子がおかしいらしい。
くっ、もしや僕は彼女にいたずらされているのかもしれない。
もう一度、彼女を見る。
やはり、いたずらっ子の様にニヤニヤとこちらを見て笑っている。
くっ、彼女の笑顔が眩しい。
まさか、こんなにも速く、彼女の屈託の無い笑みが見れるとは……
ええい、ままよ!!
僕はやるぞッ!!
「おっ!! 食べるかっ!!」
串を握る手に力を込めると、口元に勢い良く持っていく。
芳ばしい香りが鼻をつき、その香りに再び腹が鳴りそうになる。
もういい、今の彼女に騙されているのなら、僕は何処までも何度でも騙されよう。
彼女の屈託の無い笑顔に乾杯!!
「はぐっ!! はぐはぐ!!」
はうっ!! こ、これは!!
「う、旨過ぎる!!」
す、凄い!!
なんて、なんて旨いんだ!!
「皮はパリパリになっていて皮特有の気持ち悪い歯触りもなく、魚特有の臭みもない。いや、それどころか、この心地の良いパリパリとした食感と、その奥にあるフワフワの身が絶妙な歯触りを産み出している。それでいて、香りも塩が効いているのか。いや、これは炭独特の芳香か? それにより臭みが全く無い。むしろ、良い香りすらする。ああ、それが口の中でも広がり旨味を口内鼻腔共に満たしている!! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ!! こ、これは一体、どんな調理をしたんだ!! 一体、どんな調味料を使ったんだ!! ま、まさか、同量の金と同じ価値が有ると言われる胡しょ……」
「……ただ、塩を振って焼いただけだよ」
え!? うそぉん!?
僕の驚愕する表情を見て、彼女はもう限界だと言わんばかりに腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハハ!! 家名持ちだから、お坊ちゃんだとは思ってが、おめーは全然違う方向性で面白い反応するな!! アハハハハハ!!」
「はは、そ、そうなのか?」
ううむ……
いまいち、彼女がなんで笑っているかわからないが、まあ良いだろう、
この魚は旨いし、彼女も笑ってくれたし、それで一先ずは良しとするか……
その時、不意に夜風が頬を撫でた。
風は焚き火に僅かに当てられたのか、ほんのりと暖かみを感じる。
大変、心地が良い……
夜風と焚き火に当たりながら、食べる魚はなんと上手い事か。そして、瞳に写る満点の星空に、アルルの屈託の無い満面の笑み。
ああ、なんと言う馳走だろうか……
僕は魚をもう一度かじりると、その味に舌鼓を打った。




