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幻想のセラリウス  作者: ふたばみつき
-その手の感触-
41/95

★40 アルルの思い

「きっと彼女は自分の“術式”を開示したら、止まれなくなってしまう。戦場から離れることが出来なくなってしまう」


 師範の言葉に思わず首を傾げてしまう。

 それは一体、どういう事なんだ……


「私は、アルルの事を自分の娘の様に思っている。だから何とはなしにわかるのだ……」


 師範の言葉に耳を傾ける。


 僕には、師範の意図する事が全くわからない。どうしても、支離滅裂に思えて仕方がないのだ……


「彼女は自分の“術式”を使って戦う魔術師がいる限り、戦場から離れる様な無責任な事は絶対にしない。そんな無責任な事が出来る娘ではないのだから……」


 師範の僅かに震える声が耳に届く。

 言われてみれば、そうかもしれない……


「もし、彼女が“術式”を開示すれば、その責任を果たす為。彼女は誰よりも危険な戦場に身を晒すだろう。彼女はそう言う娘だ、そんな不器用な方法でしか責任の果たし方を知らないのだ……」


 確かに、彼女はそう言う人間だ。自分一人の問題なら、勝手に“術式”を開示して勝手に“白の師団”を離れて、後はのほほんと暮らそうとするはず。

 そして、自分の手の届く範囲の人間達を守り生きて行くはずだ。


 彼女はそう言う人間だ……


 僕も彼女には派閥や学派に身を置く生き方より、そう言う生き方が合っていると思うし。彼女の派閥に左右されない姿勢は嫌いじゃない。


 しかし、自分の“術式”が他の魔術師達にも影響を及ぼし。多くの魔術師達を戦場に送ることになると言うなら、彼女はその責任を感じるだろう。

 そして、自分だけが戦場から離れるような真似は決してしないだろう。


 彼女本人も言った「この“術式”を開示しなければ地獄に落ちると言うなら、俺はこの“術式”を持って地獄に行く」と……

 もし、彼女が“術式”を開示したなら、彼女は“術式”を生み出した者の責任として、自らその戦場という地獄に身を置くだろう……


 彼女はそういう人間だ……


 いつも無責任で、てきとうな性格の癖なのに。ここぞと言う時は、誰よりも責任感が強く、思慮深く、しっかりしてる。


 それは、今回の戦いで痛い程実感しただろう。


 ああ、だったら、なんとなく察しもつくだろうに……


 彼女がこれだけ意固地になっているんだ、それ相応の理由があるはずだと……

 なのに、なんで僕はあの時にわかってあげられなかったんだ……


 そんな、後悔の念に押し潰されそうな僕の耳に、師範の声が届く。

 

「この選択が“白の師団”と言う組織の選択としては間違っているのはわかる。だが、一人の人間として、彼女の選択を責める事は出来ない。むしろ、私は彼女にそう言った道は歩んで欲しくないと思っている」


 そんなの当たり前だ。

 そんなの僕も同じ考えだ。


 彼女に戦場での人生なんて歩んで欲しくない。それが組織として間違った考えであってもだ。


 今、やっと、その考えに至った。

 やっとだ、やっとその考えに至った。


 やっと、彼女と同じ目線に立てた……


 それなのに……

 それなのに僕は……

 僕はもう、彼女の隣に立つ資格は無い……


「ああ、僕はなんて事を……」


 僕はなんて愚かで馬鹿な男なんだ。


 大した事情も知らずに、理解しようともせずに、彼女と言う年端もいかない少女に、その身に余る程の業を背負わせ様としていた。


「ドッグよ。アルルを守ってやってはくれんか。彼女は魔術師と言うには余りにも優し過ぎる」


 守ってあげられるものなら守ってあげたい。

 だが、もう僕にその資格はない。

 

 僕は彼女を傷付けた、自らの手を見つめる。

 守るはずのこの手で、彼女を傷つけた。


 その手には、まだ彼女を傷つけた時の感覚が残っている。


「ドッグやいいか、君だけなんだ。彼女が声をあらげる程に怒りの感情を露したのは……」


 その言葉を聞いて、僕は我に帰った。


「査問会でも悪態を突きはしたが、声を荒げはしなかった。最後まで冷静に上層部と渡り合った……」


 確かにそうだ、彼女はどんなに僕が皮肉を言っても、苦言を言っても、へらへらと笑ったり、悪態を突いて済ませるだけだ。


 自分が謂れの無い理由で難癖を付けられようが、のらりくらりとやりきってしまう。

 彼女はそんな人間だ……


 そうだ、それだけに、あれ程に感情を露にしたのを見たのは始めてだった。

 だから、その余りの出来事に僕は動転してしまったんだ。


「きっと、それは君の事を誰よりも信頼している裏返しなんじゃないか。いつもの彼女なら手をあげられた所で鼻で笑って済ませてしまうはずだ……」


 師範の言葉に頷く。

 確かに、彼女はそう言う人間だ。

 

「それなのに君には剥き出しの感情を見せた。それはお主に自分の考えを理解して貰いたいと思っていた。そう言う事なんじゃないか?」


 わ、わからない。でも……

 でも、そう言う事なら……


 いや、でも……


「そうだとして、もう遅いです。もう、僕は彼女と話す資格すらない」


 僕の言葉に、パウル師範が初めて強く首を振って見せた。


「それは違うぞドッグよ。遅いなんて事はないんだ、君達はまだ若い。幾らだって、何度だってやり直せる。それこそ、この“白の師団”に君達がいる必要もない」


 思わずその言葉に目を丸くした。


 それはつまり、僕と彼女が駆け落ちめいた珍事をやらかすことを意味している。

 いや、だがそれは決して悪い話ではない。彼女が望むのならばだが、僕はそれになんら抵抗はない。


 僕は、僕の家の事なんて正直どうでもいい。

 

 彼女と言う一人の少女の為ならば、僕の家の事なんて些細なことだ。

 どうせ後釜も直ぐに現れる。


 それに、これはあくまでも最後の手段だ。


 今の彼女と僕の関係では駆け落ちなんぞあり得ないが、駆け落ちと言う最終手段があると思うと、色々と他の手段も頭に浮かぶ。

 今回の“黒の師団”の本部捜索の任務だってそうだ。最悪任務の途中で行方を眩ましてしまえばいい。

 そうだ、最悪の事態。それだけを避ければいいんだ。

 そう彼女が死ななければいい。


 また、笑顔で明日を向かえられればそれでいいのだ。

 それならば、やり様はいくらでもある。


 なんで今まで気づかなかったんだ。

 そうだ、まだ方法はいくらでもある。

 僕にままだ、出来る事があるじゃないか。


 僕が嫌われていようと、避けられようと関係ない。


 僕に出来る事があるなら……

 彼女の為に出来る事があるなら……


「師範、御指摘どうもありがとうございました! 僕は僕のやるべき事をやります!」


 一度頭を下げで深く御辞儀をする。

 そして、ゆっくりと顔をあげる。


 僕のその様子を師範の優しげな瞳が映し。一度ゆっくりと微笑み、小さく頷いた。


 そうだ、それでいいんだ。


 確かに、師範がそう言った様に感じた……

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