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幻想のセラリウス  作者: ふたばみつき
-その手の感触-
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★39 彼女の“術式”

 白亜の城であるホワイト・ロックが夕焼けに照らされ、紅に輝いている。

 日が暮れ始める時間にも関わらず、人通りはひとしおの賑わいを見せており、この城下の治安の良さがうかがえる。


「ここは良い所だろう? 私の行き付けの店なんだ」


 ホワイト・ロックの近くに店を構える小さな喫茶店。そのテラス席で僕と師範は向かい合って座っていた。


 僕は結局の所、逃げてしまったんだ。

 師範と遭遇したことを理由に、彼女から逃げたんだ。

 

 ああ、やはり僕は最低だ……


 そんな僕の表情を察したのか、師範が僕に喋り掛けて来てくれた。


「アルルと何かあったのかね?」


 その問いかけに、思わず身体が硬直する。


 無理もない、図星なんだ、身じろぎもする。

 僕は一度深呼吸をして、先程の出来事を師範に話した。


 その間、師範は静かに僕の話を聞いてくれていた。いつもと同じように、優しげな瞳に情けない僕を写しながら。


「そうか、やはりアルルは“術式”の開示を拒んだか……」

 

 何故、納得出来るんだ。


 何故、師範は彼女が“術式”の開示を拒むとわかるんだ? 

 僕にはその理由がわからない。

 僕には彼女が“術式”にこだわるような人間には全く思えない、なのにどうして……

 むしろ、彼女を置かれた環境を思えば、“術式”を売って金に変えてしまえば、どれだけ報われるか……


 あの孤児院の経営だって幾分か楽になるだろうに……


「何故、師範は彼女が“術式”の開示を拒むとわかるのですか?」


 気づけばそう口に出していた。

 そう聞くと、師範はゆっくりと頷いてみせた。

 そして、おまむろにその口を開いた。


「アルルが“術式”を完成させた日。彼女は私に“術式”を見せてくれたんだ……」


 やはりそうか。彼女は師範には“術式”を見せていたのか。

 いや、そもそも“術式”を生み出したなら、誇るべき事だ、決して隠すような事じゃない。

 なのに何故、彼女は“術式”の存在を今の今までで隠していたんだ?


 それが謎だ……


 パウル師範はそんな僕の心情を察したのか、彼女の“術式”について語りだした。


「彼女の“術式”は非常にしてシンプルで凡庸とでも言うのだろうか。非常に簡素化された“術式”だ。それは芸術的と言っても差し支えない程に。それ故、この私でもその全貌まではわからなかった。再現も叶わなかった……」


 師範ですら理解出来ない領域。


「何か、私達の様な凡夫には、見えない“理”を彼女は見えているのかも知れない」


 師範程になれば、“術式”を見ればある程度の式を導き出し、そこから自分なりの“術式”を構築し再現する事が出来る。

 もちろん、これは簡素な“術式”に限った時の話しではある。


 しかし、彼女の“術式”は簡素な物だったにも関わらず、師範ですら理解出来ず再現出来なかった。


 これは何を表すのか……

 それは、彼女が紛れもない天才であること意味している。

 

 必要最低限の“術式”で形を成す。

 それがどれ程に難度の高いことであり。魔術師としての知識と力量、そして、発想力を示しているか……


 しかし、師範の次の言葉は、そう言った話の範疇から遥か先に飛躍した。


「そして、私は思った。アルルの“術式”。アレは世に出てはいけない代物だと……」


 何故だ、何故そうなるのかが僕にはわからない。


「簡素な作りなら、理論さえ教えれば、誰でも彼女の“術式”を使えるはず。それは素晴らしい事なのではないのですか?」


 そして、そんな素晴らしい“術式”を生み出した彼女は、それ相応の評価を受けるべきなのではないのか?


「誰しもが、君の様に純粋に“魔術”と向き合っている訳ではないのだ……」


 そんな疑問を他所に師範は一言呟いた。

 そして、僕に向かって、おもむろに語りかけてきた。

 物分かりの悪い生徒に教える様に……


「アレは魔術師を兵士へと変える“術式”だ。自分の意思とは関係なく、魔術師を兵士へと変えてしまう“術式”なんだ……」


 どういう事なのだろうか。

 僕は彼女の“術式”を見ていないから、その意味する所が全く理解出来ない。

 想像がまったく及ばない……


「彼女の“術式”は簡素であるが故に、理論さえ説明すれば多くの魔術師が修得出来るだろう。だが、それは同時に多くの魔術師が兵士として転用出来る可能性を表しているんだ……」


 しばしの間考え、答えに至る。


 そうか、言われてみれば確かにそうだ。

 やっと、師範と彼女の考えている事が理解出来て来た。


 つまり、彼女の“術式”は魔術師の素養に関わらず、戦場へと向かわせられる可能性があると言う事だ。

 研究者としての魔術師、治癒師としての魔術師、魔具師としての魔術師。そんな素養も何も関係無く、戦場に送り込まれる可能性が出てくる事を指しているのだ。


 だが、それは間違っている事なのか?

 組織としては間違っていない様に思える。


 どんな素養に別れ様と、最低限戦えることは別段問題ではない。

 むしろ、戦えるなら戦えるでい良い事ではないのか?


 頭の中で巡る考えを遮るように、師範が口を開いた。


「きっと彼女は自分の“術式”を開示したら、止まれなくなってしまう。戦場から離れることが出来なくなってしまう」


 それは一体、どういうことだ……

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