☆37 不和
「“術式”は開示しねー」
そう口にした瞬間、ドッグの顔から笑みが消えた。
「な、何を言ってるんだ君は? それはつまり君が“黒の師団”の本部を探しに行くと言うことなんだぞ!?」
そんなのわかってる。
俺だって、そこまで馬鹿じゃない。
「みすみす死に行く様な物だぞ!?」
それでも、俺は“術式”は開示しない。
絶対に開示しない。
「死なずとも、殆ど追放と変わらないんだぞ!? 自分の言っている事がわかっているのか!?」
無論、わかっているさ。
だがな、そんな言葉がをするぐらいなら、俺はこの“術式”を持って地獄に行く。
この世界に地獄を産み出す位なら、自分がこの“術式”を持って地獄に行く。
丁度いいだろ。この“術式”を産み出した張本人にはピッタリの責任の取り方じゃないか。
そうだ、それがいい。
しばらくの沈黙の後、それを破るかの様に声が響いた。
「ふざけるな!! 君は自分の命より“術式”が大事なのか!!」
怒りの声が俺に降り注ぐ。
だかよ、それは話の論点がずれてる。俺に取ちゃー、“術式”なんてどうでもいい。
開示して、この戦場から一抜け出来るなら喜んでする。
俺はそう言う人間だよ……
薄っぺらい、女さ……
だけどな。俺の“術式”の所為で戦場に行くはずでなかった人が、死ぬはずでなかった人が、そんな人達が殺し殺されるなんて絶対に我慢ならねー。
この“術式”は俺が大切な人達を守る為に産み出した“術式”なんだ、それで大切な人達が死ぬなんて絶対にあってはならねー。
そうなったら俺は俺を許せねー。
流石の俺も、そこまで落ちぶれちゃいねーんだよ。
だから、絶対にこの“術式”は開示する訳には行かねー。
そう、メイちゃんみてーに、弱い者を戦場に立たせない為に、この“術式”を開示する訳には絶対に行かない。
それなのに……
なのに、ドッグは「俺が命よりも術式が大事にしてる」と抜かす。
それが俺には我慢ならねー。
思わず、ベッドから起き上がる。
「ふざけねーよ。この“術式”を開示するつもりはねー。この“術式”を開示しなければ地獄に落ちると言うなら、俺は“術式”を持って喜んで地獄に言ってやるよ!」
その瞬間、頬に弾ける様な痛みが走った。
ドッグの平手打ちが俺の頬を弾いたのだ。
「君に取って“術式”がどれ程の物かわからないが、本当にそれは自分の命よりも大事な物なのか!? もう一度、自分の胸に聞いてみろ!!」
ああ、やっぱり……
男と言う生き物は最低だ。
自分の前世が男であるが故に、なんだかウンザリする。
都合が悪くなるとすぐに手を挙げ、こちらの言い分もろくに聞かない。それでいて、自分の都合ばかり押し付ける。
そう言う、ろくでもない男は実際に少数だがいる。
彼の手が、あの日路地裏の暗がりから出てきた手と重なった。
ああ、最低だよ、見損なった、見損なったよ……
少しだけ、本の少しだけ、信じても良いかなと思ってたんだがな……
もうダメだ、信じられない……
「……出て行ってくれ」
俺の言葉に、ドッグが少し狼狽える……
だが、そんなの関係ない……
もう、顔も見たくねーんだよ……
はやく、出ていけよ……
「出ていけよッ!!」
女の叫び声の様な物がこだまする。
いや、正しく、これは女の叫び声だ。
俺の叫び声だ……
俺の声に驚いたのか、彼は明らかに狼狽えると、逃げる様にして俺の部屋から出て行った。
「クソッ!! クソクソクソッ!!」
二度と……
二度と男なんて信用するもんか……




