★31 ドッグ
シチューのほんのり甘い香りと、パンの焼けるにおいが鼻をくすぐる。
周りには、先日の戦闘を乗り越えた候補生達が、まったりとした雰囲気で食事を進めている。
「いただきまーす」
アルルが、何かに祈りを捧げる様に手を合わせ、食事をはじめる。
物心着いた時からやっているが、アレは何に祈りを捧げているのだろうか。
彼女は小さな口にパンを放り込み、シチューで流し込む。
その後も、小さい口に世話しなく食事を放り込み、食事を進めていく。
「相変わらず良く食べるな君は……」
思わず呆れてしまう。
彼女の横に視線を移すと、数枚の皿が積まれている。
今までにステーキ。ポトフ、クリームシチューにパエリアを食べてしまった。
あとはお供にパンを三つ程……
「まったく。先日の闘いから休養を貰ったとは言え、少し羽目を外し過ぎじゃないか?」
そう、僕達候補生は前回の先日の戦闘から、数日間の休養期間を頂いた。
確かに、命を懸けて戦場へと向かい、その次の日に授業となったら、いささか不満は募るだろう。
彼女に関しては、怪我もしているから、他の候補生よりも、長い休養期間を貰っているはず。
「いいんだよ。パウル師範のツケで幹部専用メニューも頼んで良いって言われたからなー。こんな時、ばかりは贅沢をさせて貰うぜ」
そう言うと、彼女はニヤリと笑うと厨房の方へと掛けていった。
おいおい。まさか、まだ食べるつもりなのか。本当に、あの小さい身体の何処には入っているんだ?
それから数分くらい経っただろうか。戻ってきた彼女の手には、バスケットがぶら下がっていた。
「おいおい、まさか。その中も食べ物じゃないだろうな……」
「へへへ、そのまさかだぜ。見よ、“ハンバーガー”!!」
自慢げに蓋を開けると、中に何かを包んだ紙が幾つも入っていた。
良く見ると、紙に切れ間からパンが見える。
「“ハンバーガー”。ただの紙で包んだパンじゃないのか?」
「へへへ、良く見てみろ。ほれほれ!」
彼女が自慢げにその包みを解くと、それをこちらに見せつけて来た。
パンの間にハンバーグが挟まっている。いや、レタスも一緒に挟んでいるみたいだ。
「はあ、これが“ハンバーガー”?」
「ああ、ガーって感じだろ?」
全然、意味がわからない。
彼女は時たま意味のわからない事を口にするしたり、行動に移したりする。
「うん、“ハンバーガー”がデケェけど、イケるぜー……」
食うのが早い。
本当に彼女の胃袋は底なしだな。
あのバスケットの中にも幾つもの“ハンバーガー”とやらがあったが、あれを全部食べるつもりなのか?
まったく、呆れた物だ……
小さな口で、大きな“ハンバーガー”とやらを食べるその様は、何処と無くネズミの食事風景にも見えて愛くるしいく見えなくもない。
そう言えば、何処かの国ではネズミをペットにするのが流行ってあるらしいな。
まったく、流行り病の温床にならなければいいが……
「おい、ドッグ。なにぼーとしてんだ? 着いてこないなら、俺は行くぜー?」
見ると、彼女は既に食堂を出ようとしていた。
しかも、“ハンバーガー”を咥えたままだ。
まったく、寝起きは緩慢な癖に目が覚めると何処に行くわかったもんじゃないな。まるで猫だ、それに……
「まったく、君は食べながら歩くとは行儀が悪いぞ」
「いいんだよ。別に何処の誰も、俺に行儀の良さなんて求めてねーだろ」
確かに、そうかもしれないが一応女性なんだから、少しは恥じらいと言う物を持ったりはしないのか。
まったくら黙っていれば人形の様に可愛らしいのに、折角の見てくれも、その態度と口の悪さで全部台無しだ……
「まったく、君はどこに行くつもりだ。今日は1日食べ歩きでもするつもりか?」
「それもいいけどよ、ちゃっと行きたい所が有るんだよ。ドッグ、付き合ってくれるか?」
彼女が満面の笑みをこちらに向けてきた。
これだ、これが彼女のズルい所だ。
口も態度も悪い癖に、時折見た目通りの無邪気さと愛嬌を見せ付けてくる。
これをやられては……
まあ、それでいいさ……
彼女のワガママは、特段負えない物でもないしな。
「ああ、わかったよ……」
「よっしゃー、じゃー行くぞー」
僕は彼女の軽やかな足取りと、無邪気な笑顔を目にして、ほんの少しの安堵感を覚えた。
ああ、そうか、僕たちは無事に戦場から帰ってこれたのだな。




