☆1 目覚め
目が覚めると、一人の青年と目が合った。
青年は俺をジトっとした目付きで見下ろしている。
彼の黒く艶のある長い髪がサラリと揺れる。まさに烏の濡れ羽色とは、この事だろう。
女性と見間違える程の綺麗な髪に、切れ長で艶やかな美しい瞳。
それまるで黒曜石が擬人化したかの様な美しさを放っている。
知的な印象を与える涼しげな表情に、黒縁のメガネ。
年頃の男の子にしてはやけに肌が白く、身体の線も細いように思える。
そのたたずまいが一層女性っぽさを際立たせ、どこか不思議な艶やかさを醸し出している。
服装は彼の知的で中性的な外見に合わせたかのように魔術師のローブを身に纏っている。
しかし、彼の黒い髪と瞳とは対極的に、何処か違和感を覚える白を基調とした物を纏っている。
正直言うと似合ってねー。
彼が俺の肩を掴むと、軽く揺すってみせる。
それに合わせて、視界がぐわんぐわんと揺らぐ。
視界の端から見える彼の手はとても細く白く、それでいて綺麗で、先程の夢の中の手とは全くの別物だった。
それを見て、少しだけ胸を撫で下ろした。
「まったく、やっと起きたのか」
呆れた顔をしてこちらを見下ろす。
その美しさに思わず溜め息が出そうになる。これでコイツが女の子だったらな、余りの嬉しさに、おはようのチュウでもブチかましている所だぜ。
て言うか……
「ドッグ。テメー、どうして俺の部屋にいるんだ……」
この青年の名前はハウンズ・バスカビル。
俺は、猟犬という名前には些か不釣り合いな見た目から、愛称を込めて犬と呼んでいる。
強い猟犬と言うより。真面目なワンちゃんと言った感じだ。
もう少し貫禄が出たら猟犬に格上げしてもいいが、それはもうしばしの間、御預けだろう。
見ると、ドッグの呆れた様な目がこちらを尚も見下ろしてくる。
何となくバツが悪いのでベッドか上体を起こし、腰掛ける様な体勢に移る。
寝惚けた目を擦りながら部屋を見渡す。
別段変わった所はない、いつも通りだ。
俺の腰かけている簡素なベッドが一つ。
勉強机も一つ。
そして、いくつかの着替えが入っているクローゼット、これがまた一つ。
いやはや簡素な部屋だろう。散らかる程の物もない。かと言って綺麗と言える程の手入れもされていない。
広さは五畳程だろうか……
もう一度、こちらを見下ろしているドッグに視線を移す。やはり、その顔は「呆れた」と言った表情をしている。
「早くしないと朝の授業に遅れるぞ。まだ朝食も取ってないんだろ。早く食堂に行くぞ」
ああ、そうだった……
ここは確か……
そう“白の師団”。
その総本部ホワイト・ロックだったな。
前世の記憶と、先程の夢の世界と、現在の状況が入り乱れて混乱している。
訳がわかねーな……
どうも、あの悪夢を見るとこうなっちまう。
「ああ、わかった、わかったよ。すぐ準備する」
思わず欠伸が出てしまう。ドッグはそんな様子の俺を見て、やはり呆れたと言った表情をしている。
「ほら、早くするんだ。早くしないと遅刻するぞ!」
ドッグは俺の腕をひっ掴み、クローゼットの前へとズルズルと引っ張る。
思わず「そう急かすなよ」と溜め息と共に欠伸が出てしまう。
御丁寧に、目の前まで連れてこられたので大人しくクローゼットを開き、中を一通り眺める。そして、ドッグが着ているのと同じ白いローブを手に取る。
そんで、ドッグを一瞥する……
「なにしてる。ほら早く着替えろ」
今度はこちらが、ここぞとばかりに呆れた顔をして見せる。
まったく、勘の悪い男の子は女の子に嫌われちゃうぜー。
「一応、俺も女の子なんだぜー。部屋から出てってくれるか? それとも見たいのか? まったく、ドッグはエッチだなぁ……」
さもどっちでも問題ないと言った様に俺はパジャマのボタンを一つ、また一つと外す。
そして、チラチラと胸元を見せる。
「ほれほれー」
それを見て、ドッグの白い顔が一気に赤面した。
その様子を見るに「せっかく起こしてやったのにその態度はなんだ」と怒り心頭になっているのだろう。
あるいは、俺の事を一応は女の子として見てくれるかのどちらかだ……
勢いよくドッグは振り返りと、部屋を後にしようとした。
そんな彼に向けて一言声をかける。
「起こしてくれてありがとなー。待たせるのは悪いから、先に行っててくれー」
俺の言葉に背中を向けたまま片手を上げ、答えてみせた。
そして、そのまま俺の部屋から出て行った。
……ふう、やっと。
これでやっと、ひと息つけるか……