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幻想のセラリウス  作者: ふたばみつき
-闘争それはある日突然に-
19/95

☆18 決意

 建物と建物の合間を縫う様にして出来た抜け道。そんな雰囲気の通路だ。

 細くて薄暗い、いわゆる裏路地と言う奴だろう。

 こう言った裏路地を見ると、昔の記憶が甦る。


 ああ、よく似ているんだ、この通路は……

 あの悪夢の裏路地に……


 今まさに甦った忌まわしい記憶を、頭を振って脳裏から振り払う。

 気をしっかり待て、こんな所でトラウマに負けてなるものか。

 今は……


 その時、再び子供の泣く声が耳に入った。


 今度はかなり近い。やはり、この方向で間違いなかったんだ。急いで声のした方向へと向かって駆け出す。


 足が重い、身体の節々が硬くなって行くのがわかる。我ながら、なさけねー。


 こんな時に、トラウマで身体が動かなくなるとは……


 細い裏路地を走り抜けようとした時。ふと、建物の切れ間から、別の通路が視界には入った。


 路地には一人の女性が倒れており。その倒れた人に寄り添うようにして、一人の子供が地面に座り込んで泣いていた。

 

 思わず、自分の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


 親子だろうか。この狭い路地裏で人混みに巻き込まれて怪我をしてしまったのだろうか。


 とにかく、確かめて見なければならない。

 もつれそうになる足を走らせ、二人に駆け寄る。


「大丈夫かッ!?」


 俺の声に反応したのは、女性の傍で泣いていた子供だけだった。


 栗色の髪をおさげにした可愛らしい女の子。身に纏っている服は白い下地に茶色のピナフォア、或いはエプロンドレス等と言うのだろうか。


 彼女は目を真っ赤に泣き張らしながら、こちらを振り向いて見せた。見た所、大きな怪我も無さそうだ。

 その姿を見て僅かにホッとする。


 視線の端で、彼女お母さんと思われる方を見た。

 茶色の長い髪を後ろで結っており、女の子と同じく黒の下地に茶色のエプロンドレスを身にに纏っている。

 その見た目から二人が親子であることは、なんとなく察しがつく。


 急いで女の子の側に駆け寄り、彼女を抱き締める。


「大丈夫、もう大丈夫だよ」


 なんでそうしたのか自分でもわからない。でも、そうしてあげないと、彼女が壊れてしまいそうに思えた。

 もしかしたら、壊れたそうなのは自分なのかもしれない。


「大丈夫だからね。だから、どうしたのか言ってくれる?」


 俺の問い掛けに女の子は口々に「お母さんが、お母さんが」と泣きながら答える。

 その言葉を聞いて、直ぐに母親の方へ視線を移す。


 見ると、頭から血を流している。


「やっぱり……」


 恐らく、細い通路を沢山の人が走り抜けたんだろう。彼女はそれに巻き込まれて、転んだ拍子に頭を打ったんだ……


 恐る恐る彼女の手を握り脈があるかを確める。

 そして、ほっと安堵した。

 よかった、脈はある。


 彼女の脈は、少し速いがリズムよく拍動を刻んでいる。

 

「大丈夫、お母さんは大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 そう言って、女の子に言い聞かせる。

 もしかしたら、俺自身が自分に言い聞かせているのかもしれない。


 そっと、母親の頭に手を置いて傷口等が無いか探った。

 見ると擦れた様な痛々しい傷口が目に入った。恐らく、転んだ時に擦ったのだろう。同じ箇所にたんこぶがあるのもわかる。

 たんこぶがあるなら大丈夫とはよく言うが、そんなの実際の所、何の当てにはならない。


 でも、今この瞬間、彼女は生きてるし。間違いなく生きようとしているはずだ。

 動かして大丈夫か不安だが、この場所に置いて行くことなんて出来ない。


 それに、俺は彼女達を助ける為に来たんだ……


「君、名前は?」


 俺は、胸の中にいる女の子に声をかけた。


「私、メイ」


 女の子が今にも消え入りそうな、それでいて震えた声で返事をした。

 余りにも弱々しくて、微かな命の灯火。吹けば消えてしまいそうな、小さな小さな灯火。


「大丈夫、お母さんは生きてるから大丈夫だよ。今から安全な場所に連れて行くから。メイちゃんも手伝ってくれるね?」


 女の子が小さく頷いた。


 この小さな命の灯火を守らなければいけない。そして気付いた……


 この娘は怪我をしていない……

 何処にも、かすり傷一つ、ついていない……


 ああ、そうか……

 きっと、母親はこの娘を守ったんだ……

 自分の身を投げ出してまで……


 ああ、そうだ……

 決して絶やしてはいけない……


 こんなに弱々しくても。こんなにも一生懸命に灯っているんだ。命の灯火を一生懸命、灯しているんだ。


 母親はそれを守ったんだ……

 絶対に、絶対に守ってあげなければ行けない。


 そうだ、思い出せ、俺は……


 こんな風に困ってる人を助けたくて白の師団に入ったんだ。


 俺みたいに路地裏で泣いている事しか出来ない、そんな無力な子供に手を差し伸べる為に、この“白の師団”に入ったんだ。


 身体中の血液が滾る。

 身体が、頭が、四肢が熱を帯びる。


 心が熱くなる。


 今、迷いは消えた。

 震えも止まった、身体も動く。

 

 俺はメイちゃんの母親を背負い挙げる。そして、メイちゃんの小さな手を握る。

 行ける、今なら行ける。


「さあ、行こう。着いて来てね、メイちゃん。安全な場所まで案内するからね!」

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