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6話 ノート

───カッカッカッ


 教室にチョークの音が響く。クラスの皆が前を見ている中、僕の目は違う方を向いている。

 廊下側の列で、黒板に一番近い席。栗色の長い髪1本1本が、開いた窓から吹き抜ける風に遊ばれてサラサラと揺れている。しかし今は、ペンを持った右手を顎に添えて動じず集中して黒板を見つめる姿が、幼さがありつつも大人びた雰囲気の方が強く窺える。

 天羽花恵さん。

 やっぱり僕は、授業中好きなだけ見つめられる時間は落ち着く。昨日から幸せが多過ぎて、僕の心臓に休みが欲しかった所だ。ちっぽけな僕には、この小さな幸せが続くだけでも充分だ。

 だからね、天羽さん。これで5回目になるけど、授業中振り返って僕に小さく手を振ってくれるとね、さっきまでの大人びた雰囲気から急に愛嬌たっぷりの子どもらしい雰囲気になって……ギャップがスゴすぎて……もう本当に僕の心臓が幸せいっぱいでバブルがバーストでバーニングですありがとうございます。



◆◇◆◇◆



 まずい。授業が終わったのに、ノートの9割が真っ白だ。まだ、今までのように眠気と戦っていた時の方が部分的に抜ける程度で済んでいた。今回は、学校に何しに来たのかと疑われるくらいだ。天羽さんを見る為に来てるのかって言われたら、僕は開き直って頷くだろう。


「うわ、ひでぇな。学校に何しに来てんだよ?」


 片桐が、僕のノートを覗いてくる。やっぱりそうですよね、うん。


「片桐。見せてくれ…」

「ん? ああ……そうだな」


 僕が助けを求めるが、片桐は何かを一瞬考えると、笑いを堪えて僕を見てきた。


「天羽に見せてもらえよ」

「えっ!?」

「あれだ、俺も書けてないんだ。ククク…」

「おい、笑ってるぞ! 書けてないとか嘘だろ!」

「ちょびっと書けてないのは本当だ。だから、な?」

「な? じゃないよ。何で天羽さんに」

「私に?」

「っ!?」


 ふと見ると、天羽さんが僕たちのすぐ近くに来ていて、小首を傾げていた。


「石上」


 片桐がニヤリと笑みを浮かべて頷いている。今がチャンスだ、とでも思っているのだろう。確かに今だ。心の準備がまだだけど、でも、そんな時間は無い。今ここで勇気を振り絞れ、僕!


「あ…天羽さん。あの…ノート…」

「あ、書けてなかった? いいよ、貸してあげるね」

「え、いいの?」

「うん、全然良いよー! ちょっと待ってね! ……はい、どうぞ!」


 そう言って天羽さんは、栗色の長い髪をサラサラ揺らして自席に向かってノートを取り、快く渡してくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして! 読めない所とか分からない所があったら言ってね」


 そう言って天羽さんは手を振り、女子の友人の輪に入っていった。6回目。ああバーニング。

 さて。

 天羽さんのノートに触れている。持つ手が震える。あまり強く握ってはいけない。変なシワを付けたら天羽さんに申し訳ない。丁重に、丁重に開こう。


「お疲れ。借りれて良かったな」

「うん。本当に良かったよ」

「これなら、明日も明後日も行けそうだな?」

「なっ!? そ、それは!」

「プハハハ!」


 くっ、片桐に遊ばれてるけど、何も反論できない。なるべく自力でノートを書いていかないと。

 と、そんな事は置いといて。

 僕は天羽さんのノートを見る。率直な感想は……カラフル。あちこち色分けされて、大事な文字には風船で包まれたように丸く囲まれてある。ノートの端には、よく大学生が被る角帽を被ってちょんまげが隠れてるカピバラざえもんのイラストに吹き出しがあり、先生が黒板に書かずに呟いた言葉をそこにメモしてある。可愛く芸術的に仕上がりつつも、本当にしっかり授業を聞いているのが伺える。


「すっげぇ! 見やす! 細けぇ〜」


 覗き見してきた片桐も驚く。しっかり書いてる片桐ですら驚くほどだ。授業中の短い時間で、入ってくる情報を理解した上で整えて書くのは、簡単に出来る事じゃない。 

 スゴいな、天羽さん。今まさに書き写してるけど、授業の内容が分かりやすくなってて、書くのが楽しい。授業のスピードについていけてなかった僕には、この感覚は久しぶりだ。


「石上、それも描くのか?」


 片桐が聞いてくる。それは、角帽を被ったカピバラざえもんを真似して描いてる最中だった。


「何だよ文句あるのか?」

「いや、無ぇけど。そんなに可愛いキャラを石上が描くってのが、なんかシュールで」

「おい、そろそろ黙っとけ」


 そうして笑う片桐を無視して、僕はどうにか書き写せた。何だか、前回までのページと全然違う。同じようにカラフルに書いたお陰で、急に女の子らしく可愛いページになった。


「お疲れ様」

「あ…」


 天羽さんが、僕の方へ歩いて来た。


「書けた?」

「うん」

「そっか。良かった…え、このカピバラざえもん、石上くんが書いたの? 可愛いね!」

「そ、そうかな」

「うん! ふにゃって笑ってて、私好きだよ!」


 私好きだよ!

 私好きだよ! 私好きだよ! 私好きだよ! 私好きだよ!

 ああ、何故か脳内処理で勝手に、僕に告白してくれている感じになっている。勘違いだと分かった上で、せめてこの瞬間だけでも幸福に浸っていても宜しいでしょうか神様仏様。


「石上。都合のいい神はいねぇぞ」

「なっ、片桐、お前何で分かるんだよ!」

「昔から何度も見てきたからだよ!」

「あーそうかよ! 片桐は最高の親友だよ!」

「そりゃどーも! まったくお前はよ、神頼みじゃなくて自力でだな」

「あーあー。そんな勇気が僕にあると思うのか!」

「そこを自信持って言うのかよ、オイ!」


 と。僕と片桐がギャーギャー喧嘩していると。天羽さんが隣でクスクス笑って見ている事に気付く。そうだった、天羽さんにノートを返さないと。


「あ、ごめん、待たせちゃったね。ノート、ありがとうね」

「あ、ううん! どういたしまして! またいつでも言ってね」


 そう言って、天羽さんは手を振り、ノートを持って女子の友人の輪に入っていった。ああ、今日はこれで手を振るのは7回目。何回やっても嬉しくて恥ずかしくて、幸せだなぁ。


「……うん?」


 ふと見ると。いつの間にか、僕のノートの端に、可愛い輪郭のカピバラざえもんが「よく出来ました」と言っているイラストが描いてあった。いつの間にか、天羽さんが描いたらしい。でも、いつだ? さっき片桐と小競り合いをしてる間に描いたのか。だとしたら、片桐が居たからこの奇跡が起きたのか。


「ありがとう」

「何が?」

「片桐は最高の親友だ」

「っ!!?? ガチで何言ってんだよ! そんな急に……べ、別に、わざわざそんな事言わなくていい! 小っ恥ずかしいだろ」

「分かった。……フッ、言わなくても分かる友情、か」

「よし、保健室行ってこい」

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