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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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57話 また、会えますか?

 それから私は、パパとバァバにも話した。

彼が、私の命を幾度となく守ってくれた事も。10年後を守るために別れる決断をしてくれた事も。

 すると、2人とも驚いたけれど、すぐに理解してくれて、バァバは私を抱きしめて、パパは頭を撫でてくれた。

 「つらかったね」「何もしてやれなくてごめんね」と、バァバは何度も囁いてくれた。何で? そんな事ない。バァバは彼と私を見守ってくれた。お見合いしようかと冗談交じりに言って、彼を信頼してくれた。だからバァバは何も悪くない。誰も悪くなんて思ってない。本当に、こうするしか無かっただけ。……分かっているのに。返してあげられる言葉が出なかった。

 パパは、「生きてくれ」と一言だけ、苦しそうに言った。パパはきっと、同じ理由で亡くなったママを思い出していると思う。だって、自分が苦しそうなのに、私を撫でるこの手がふわりふわりと優しいから。この優しい感じは、時折見る。ジグソーパズルを完成させた後に撫でている時は、特にそう。ママに長く生きてほしかったと思っているのは、もう充分すぎるくらい私にも分かる。ママと、私、二人とも亡くす事になれば……想像しただけで胸が苦しい。

 私が出来る事は、バァバとパパにこれ以上心配をかけないくらい、強く、長く、生きる事。

 それは、彼も、望む事だから。



◇◆◇◆◇



 それからも、月日は流れていく。

 彼とは、別れた関係を維持した。

 学校の授業で共同作業をする時くらいは、クラスメイトとして会話をするようにした。その時でも、私は、彼の目を見ないようにした。見ると、思い出してしまうから。彼と私が名前で呼び合っていた、あの頃を。


 そうして、月日は流れ流れて。


 高校3年生になって、クラス替えで別々のクラスになった。接点は、廊下ですれ違う時くらい。やっぱり目を合わせない。挨拶もしない。本当に、すれ違うだけになり、出会う前の1年生の頃の距離感になった。


 そうして、木の葉が舞い落ちて。梅の花がピンク色に祝福する、高校の卒業式が終わって。

 みんな、写真を撮ったり、親と帰ったりして。彼も、ママさんと合流していて。

 彼とすれ違える日は、その日で最後。それでも、私は、話し掛ける事はおろか、目を見る事もなくて。最後にお話がしたい。でも、何から話そうか。ありがとう……ごめんね……高卒で就職するらしいけどどこ行くの? 引っ越す? 遠くに行っちゃう? ……全部伝えたいのに、散らかったままで。

 あと一日だけでも。なんて思っている間に、彼はそこに居なくて。探しても、探しても、もう彼の後ろ姿すら見つける事が出来なかった。


 それから私は製菓専門学校を2年通い、無事に卒業。

 自宅から少し距離のある空き家でパン屋をオープンした。実家で続けていた配達サービスも継続して、多くのお客さんに歓迎されながらのスタート。良い滑り出しをした。


 そうして仕事に追われて、1年が経った、今。

 気付けば、私は22歳になっていた。



◇◆◇◆◇



「ふぅ」


 厨房で、今日の仕込みを一通り済ませ、一息ついた午後。外では高校生くらいの女の子たちの楽しそうな話し声が聞こえる。私も昔はあんな感じだったなぁ、なんて懐かしく思えた。

 文実ちゃんや鈴子ちゃん以外にも、クラスのみんなとは、少なくなったけれど今でも連絡はしている。中には恋人がいたり、早い人だと結婚の準備をしていたり。その手の話を聞いて自分も早く欲しいなと元気よく言う子もいる。

 ……そういう反応になるのが普通なんだろうと、よく思う。

 でも、私は、早く欲しいなと、思った事がない。思う事が出来ないと言えば正しいと思う。彼とは違う人を好きになる人生を、理屈では分かっている。なのに、一歩も動けていない。

 はぁ……と、さっきよりも重いため息が、今日も出る。



───カラン



 いけない、お客さんだ。

 お面を付けるように、私は気持ちに蓋をして、営業スマイルに切り替えた。


「いらっしゃいませ」


 高い身長の同い年くらいの男性が、軽く会釈してくれた。刈り上げの髪にスーツ姿。仕事終わりなのだろう。素肌の見える首筋から鍛えられた質感のある筋肉がチラリと見える。……って、良くないと思っていても、つい見てしまう。


「カードで」

「ありがとうございます」


 あんパンとチョコクロワッサンのお買い上げ。トレーから袋に移していく間、その人は照れるように笑った。


「どうしました?」

「ああ、その……実は、通りがかりで来たんですけど、良い香りにつられて入ったんですよ。訓練された警察犬の方がお利口だなって思えまして。ははは」


 照れながら頭の後ろに手を当てて、清々しく打ち明けてその人は笑う。何とも自分に正直な人だ。


「そうでしたか。お気に召して頂けたら嬉しいです」

「ええ、頂きます」


 袋を渡し、その人は嬉しそうに白い歯を見せ、お店を後にした。


「……ふふん」


 静かになったお店で一人、小さく喜びを噛み締める。

 良い香りだと言ってくれた。頑張ってイチから焼き上げた自分のパンを受け入れてもらえるのは、どんなにこの業界を昔から続けていても、やっぱり嬉しく思う。



───カラン



「いらっしゃ……」


 また開いた扉の方を見ると、そこには、ついさっき出たばかりの刈り上げの男性だった。


「また、来ちゃいました」

「何か忘れ物ですか?」

「いえ、その……おかわりを」

「……え?」

「おかわりをしたくて来ました! さっき外で一口食べたら止まらなくて!」

「2つとも?」

「はい!」

「ペロリと?」

「はい! 一瞬でした! ははは!」


 そう言って豪快に照れ笑いをするその人の口元をよく見ると、クロワッサンの小さな欠片が。見ていないのに食べっぷりが簡単に想像ついてしまって。


「……ふふ。良かったです」


 ポロッと笑みが出た。


「はい! なので、また買います!」


 そう言って、その人はトレーを置く。そこには、さっきと同じあんパンとチョコクロワッサン、そして追加でバニラメロンパンがあった。


「夜ご飯食べれなくなり……ますよ」


 言っている途中で、食べ物を売る店員として余計な事を言ってしまったと気付く。

 しかし、その人は笑い飛ばしてくれた。


「はははは! 大丈夫! 筋トレめっちゃしてますから! むしろ、筋トレしてるお陰でお腹いっぱい食べられてますから!」

「……ふっふふふ」


 おかしな理由に、さっきよりも多く笑いが出てきた。


「あはは! 店員さん、良い笑顔!」

「……えっ? そ、そんなに?」

「はい! とっても! 美しいです!」

「……」


 懐かしい。

 人から笑顔を褒められるなんて、いつぶりだろう。彼と一緒だった頃は、まだ笑えていた。でも、別れてから、周りの家族や友達に心配されないよう、いつでも作り笑いの出来るお面を付けてしまっていた。一人でも強く生きなきゃと思って、高校も専門学校も起業も頑張ってきた。

 でも本当は、全然強くなれなくて。笑顔になれるような心の底から嬉しい事や……彼以外に私を笑顔にさせてくれる人が本当に現れるのかと、不安で不安で仕方なかった。

 ……さっきまでは。


「……あの」

「あ、はい、何ですか?」


 大きく息を吸う。

 この心の温かさをくれた、この人に、精一杯のありがとうの気持ちを込めて、その透き通った目を見て、伝えた。


「また、会えますか?」

「っ……はい。また、必ず」

「……待ってます」

「ええ」



◇◆◇◆◇



 それから、その人が来てくれる度、少しずつお話を聞けた。

 名前は、檜並(ひなみ)(さとし)さん。私の一つ上の23歳。身長190。お仕事は警察官で、白バイ隊員としてパトロールしている。待機中に筋トレをしていたり、休日は海でサーフィンをしていて、それでよくお腹を空かせているんだとか。



───カラン



「天羽さん! こんにちは!」

「こんにちは、檜並さん」


 今日も、清々しい晴れの日のような明るい笑顔に、私は暖かさを貰ってしまった。

 檜並さんと知り合ってから、ここ1ヶ月、今日も会えるかなと楽しみにしている自分がいる。パンを買ってくれるのは勿論嬉しいけど、別に買ってくれなくてもいいから、その笑顔を見たい……なんて、すごくワガママな事は心の中に仕舞って、今日も買ってくれたパンを袋に詰めて手渡していく。


「あ、あ、あの!」

「はい?」


 檜並さんが、私の密かな願いの通りに立ち止まって、視線を泳がせ、何やら言葉を詰まらせている。


「天羽さんが良かったら、ですけど!」

「はい」

「ぜ、全然、断ってもらっても、全然大丈夫ですけど!」

「……」

「あ、明後日、そちらの定休日、天羽さんのご都合が良かったら、ですけど!」

「……何でしょう?」


 檜並さんがカチコチに緊張していて、なかなか話が進まないけれど、そんな反応も珍しくて可愛いと思って見ている、そんな時。


「一緒に、プールに、行きませんか?」


 頬を赤く染めて、檜並さんが、言い切った。間違いなく、紛れもなく、デートに誘ってくれた。

 プールか……水着どうしよう。高校のスク水くらいしか無いし、買いに行く時間があるとすれば今日か明日の仕事終わりだから……良さげなのが置いてあって遅くまで空いてるお店が……まずはトヨカドかなぁ。


「あ、あの!」


 と、予定を考えていると、檜並さんは申し訳無さそうに眉を八の字にして頭を下げた。


「全然、誰かお付き合いしている方がいらっしゃるのであれば、断って頂いて構いません! ただ、今後とも今まで通りパンを買わせて頂けますと幸いです!」

「……いません」

「えっ!?」

「お付き合いしている方は、今は、いません」

「……はっ!? 失礼な事を聞いて申し訳ありません!」

「え? あ、いえ、大丈夫です。そういうんじゃなくて、さっきはただ、水着をいつどこで買おうか考えてただけで」

「え、あ、そうでしたか! ははははは! すごく真剣でしたから、てっきり!」

「……」


 言われてみれば、確かにそうだ。断るかどうかを考える事なく、水着をどうしようか考えていた。私自身、檜並さんとプライベートな時間でデートに行く事や、水着とはいえ素肌を見せる事に、拒否反応は無い。

 ……。

 これは、つまり、そういう事なんだ。

 楽しみ、なんだ。嬉しいんだ。檜並さんの笑顔をもっと見れる事が。


「ふふ、ふふふふふ」

「天羽さん?」


 おかしさと嬉しさで心が賑やかになって、笑いが溢れてくる。

 ふと、目が合う。檜並さんのキョトンとした目を見て、私はゆっくりと頷いた。


「行きましょう、一緒に」

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