54話 幸せだった。
それから駆馬くんはパンの配達をしてくれて。
一緒に梅次さんに会いに行って。ご飯が食べられない中、私のパンだけが食べる事が出来たと言ってもらえたて。お腹を大事そうに摩っているのを見て。
ママに逢いたい……って思ってしまった。
でも、もうママはいない。ありがとうは届かないんだって思って、涙と一緒に色々な想いを引っ込めていた。
そんな時でも、駆馬くんは救ってくれた。
「ありがとうって、心の中だけで言うのは、なんて言うか我慢してるように見えるからさ。ありがとうって感じたら、僕に話してよ」
ああ……駆馬くんは、どれほど私を幸せにしてくれるんだろう。ママに逢えない過去への悲しみよりも、私に寄り添って未来を歩いてくれる嬉しさが大きくなっていって、心の底から嬉しくなって……私は、心の中のママに、手を振る事が出来た。行ってくるね、そんな意味合いで。いつになるか分からないけど、私がおばあちゃんになって天国に行った時に、いっぱいお土産話をしてみよう。その時、そんな感じに第一歩を踏み出せた。
そう思って駆馬くんの方を見ると。駆馬くんは顔を赤くしていた。照れ笑いをしないように頑張って堪えているのに、目を逸らさないで見てくれる。
ここからだった。
私を笑顔にしてくれる駆馬くんの笑顔を、もっと見たい。駆馬くんと目をもっと合わせていたい。私は、駆馬くんに恋をしているのだと、この時はっきり感じた。
◇◆◇◆◇
じゃあ、何をすればいいのだろう。
そんな疑問を、私は文実ちゃんと鈴子ちゃんに話した。当時の私は、恋をする事が初めてで、駆馬くんの笑顔を見るために何をしたらいいかを相談した。
「じゃあ、皆で一緒に服を選ぼう! 石上くんに見せてあげたら見蕩れてくれるよ〜」
最後の方にニヤニヤしながら言った鈴子ちゃんの助言を参考にして、私は流行りのファッション誌を読んだりした。いつもは、ただ自分が可愛いと思うコーデを考えていたけれど、その時からは、駆馬くんに気に入ってもらいたい、見て欲しい、可愛いって言ってもらいたい、そんな事ばかり考えていた。
そうして、3人の予定の合う約束の日を心待ちにしていた、その時だった。
「一緒に、行く?」
顔を赤くしながら、駆馬くんから、カピバラざえもんフェアに誘われた。デートのお誘いだとはっきり分かった私は、喜んで頷いた。
「……じゃあ。来週の……8日後は、どうかな」
その日は女子3人で約束した日。
当時はただの偶然と思っていたけど、あれは、出先で何か良くない事が起こるから守ってくれようとしたんだよね。
……火事から、私を。
◇◆◇◆◇
小火騒ぎで済んだ翌日も、私は覚えている。
駆馬くんが、文実ちゃんと仲良くなった。
授業中だったり、廊下ですれ違うたびに、文実ちゃんの方から駆馬くんへ、無表情だけどしっかり目を見て。時々だけど、駆馬くんも目を見て……そのたびに微笑んでいた。アイコンタクトで元気だよと伝えているような、当人同士じゃないと分からない会話みたいな、そんな感じ。
……私とは一年掛かったのに、文実ちゃんとはすぐ目を見れるようになったんだな〜〜。
なんて意地悪な気持ちになったけど、でも、私と片桐くんの計4人でクレープ食べたり私の家でパンの試食とか宿題をしていた時も、ごく普通の友達としての距離感だった。だけど。
「苺谷さん」
私の名前を呼ぶ時によく噛んでいた駆馬くんが、ふとした時に文実ちゃんの名前を呼ぶ時、噛む所を私は一度も聞いた事がない。元々ちょっと長い名前なのに、噛まない。これはつまり、私の知らない所で文実ちゃんの名前を呼んでいたり、電話したり、2人でこっそり遊んでいるんだと嫌でも思ってしまった。
だから私は駆馬くんに、文実ちゃんと2人で遊んだ事あるのか、それとなく聞いてみた。すると……
「え? 苺谷さんと? いや、それは、ない、よ?」
ほら、何か隠してる。最近やっと目を見て話してくれるようになったのに、そらした。
当時、そんな感じに疑っちゃって。
だから、文実ちゃんにも聞かずにはいられなくて。
駆馬くんの事が好きなのか、直接聞いてみた。すると……
「…………石上くんの気持ちが大事だから」
否定しないその意味深な一言に、この時の私は、焦りと……寂しさで、震えてしまった。文実ちゃんに駆馬くんを取られちゃうと思ってしまった。
……。
だから私は、決意した。トヨカドのレディスショップで流行りの白色バケットハットを持って、鏡の前の自分に、こう言った。
「彼女に、なる」
◇◆◇◆◇
「……」
夢から覚めてしまった。
駆馬くんと出会って……駆馬くんに守られて……告白してもらえて、私はたくさん笑顔になれた。
幸せだった。
これから先も続くと思っていた。
夢であってほしいと願っても、もう意味が無い。
現実を受け入れなきゃ。
好きな人の言葉なら。
私を守るために頑張ってしまえる、あなたの言葉なら。
駆馬くんとの間に子どもを作ったら、私は死ぬという事を。




