51話 僕は、花恵さんを好きになっちゃいけないんだ。
じゃあ、僕は今、結婚していない部外者なのに、家族の輪の中に混じっているのか?
再び、病室を見る。でも不思議と、チラ見もされていない。まるで透明人間のようだ。
「あの……すみません」
声を掛けてみる。しかし、その人はおろか、誰も反応しない。
肩を叩いてみる───しかし、すり抜けてしまった。何だろう、幽霊にでもなっている気分だ。……確かめてみよう。病室の鏡を見てみる。そこに僕は写っていなかった。
鏡にも写らない。体をすり抜ける。
「まさか、もう死んじゃってるとか…………っ!?」
ふと、その一言を呟くと、景色が一瞬で変わった。
そこは、どこかの寺の墓地。墓石の前に、僕は瞬間移動していた。その目の前にある墓石をよく見てみると……僕の名前が彫ってあった。享年は、30。
「何だよ、これ。僕じゃない人と結婚したら、花恵さんが長生きして、子どもに恵まれる? ……待ってくれよ、本当に」
眉間をつねる。
……すると、また景色が変わった。
「急に何だ? どこなんだ……?」
そこは、どこかの自宅。和室に敷かれた布団に、高齢女性が眠っている。その女性は、さっきも見た未来の花恵さん。
その周りには、さっきとは違う高齢男性や、40代の女性が3人、正座している。
……外を確かめる。家の表札には──笠野と書いてあった。
「そうか……指それぞれで、違う人と結婚する未来なんだ。それと……」
右手中指の爪を、額に当てる。すると、また別の介護ベッドのある部屋に瞬間移動した。
やはり。別の夢へと変えられる。今は現実世界で眠っているから、夢を見る条件は揃っているし当然か。
「よし……全部見よう」
◆◇◆◇◆
あれから、僕は、増えた9つの未来を全て確認した。
右手は、僕よりも花恵さんが長生きする。
左手は、花恵さんよりも僕が長生きする。
9つの未来のどれも、別の人と結婚して、子どもや孫に囲まれている。
特にすごかったのが、65歳で亡くなる未来。肺炎で早くに亡くなってしまうけど、旦那さんが世界進出しているホタテ漁師の社長をやっていて、花恵さんはパン屋のブランドを立ち上げていた。そのパンが船で働く漁師の社員のお弁当として親しまれていたり、家がお城のようだったりと、未来の中で一番裕福な暮らしぶりだった。多分だけど、一番多くの他の人の人生を豊かにしたり、名前を覚えられる未来なんだと思った。
……。
だからこそ、疑問が残る。僕との結婚だけ、弛緩出血を起こすのは何故なのか。他の9つの未来では、無事に赤ちゃんを産めている。
何故だ。
何故、僕らは幸せになれないのか。
「っ!?」
怒りをぶつけるように左手を睨んでいると、ふと目に映った。左手薬指が、10yではなく、9y11mに変わっていた。他が気になって分からなかった。
こんな表記……初めて見る。それに、1ヶ月寿命が縮んでいる。本当に、嫌な予感しかしない。でも、確かめるしかない。
僕は、左手薬指の爪を額に当てた。
◆◇◆◇◆
景色が変わる。
どうやら、僕が運転中。幸い赤信号で、ブレーキを踏んでいる。隣には、26の花恵さん。めっっっちゃ美人。目尻に幼さが残ってるけど、大人な女性になっている。
そして、お腹が大きい。
「どうしたの? 何かあった?」
「えっ!? あ、その、一つ聞いていいかな」
「いいよ」
「僕ら……結婚してるよね?」
「え? そうだよ? ……どうしたの急に」
「あ、いや」
「……あ、蹴った。パパが変な事言ってるね〜」
花恵さんが、大きくなったお腹を愛おしそうに擦る。
「あ、分かった。今、あれでしょ。爪で見てる未来ってやつ。じゃあ、多分まだ高校生かな?」
花恵さんが、閃いたように頷く。
その反応や言葉から、やっと理解した。花恵さんには、現実世界で既に寿命の事を話している。知っている上で時が過ぎた未来なんだ。
「駆馬くん。今、何歳?」
「……16」
「ふふっ、若いなぁ〜! そっかそっか……分かった。時間が無いし、簡単に伝えるね。あのね、高校生の時に寿命の事を話してくれたでしょ? 私と結婚しちゃいけないって。誰とは言わなかったけど他の人と結婚してって、私のために言ってくれた。それでも私、駆馬くんと結婚したよ。貯金もなるべくしといた。私は死んじゃうけど……でも、私の分までこの子が生きて、ずっと一緒に居てくれる。だから産む。……駆馬くん。私、幸せだよ」
「花恵……さん」
この左手薬指の未来は、僕と花恵さんが結婚する未来。僕との間に子どもが出来て、産む。そこは、以前までの未来と変わっていない。
でも、爪の数字にあるから分かる。もう、1分も生きられな───
───ガシァアアアアアア
激しい揺れが収まる。
見ると、前が潰れたトラックが目の前にある。そして、僕の車もくしゃくしゃ。夢だから痛みは無いけど身動きが取れない。……花恵さんの方を向く事も出来ない。
でも、もう充分に分かった。
この左手薬指の夢は、花恵さんも、僕も、死ぬ。
夢の内容を話せば、また人生が変わる。貯金がどうとか言っていたし。でも、その結果、もっと早く死ぬ未来になる。これは、そういう事なんだ。もうこれ以上、寿命の事を話してはいけない。話せば、せっかく90歳まで長生きできるものが短くなってしまう。裕福な暮らしが出来なくなるかもしれない。
……目の前が真っ暗だ。
もう、どうする事も出来ない。結局、どの未来も同じ。僕は、君を、最高に幸せに出来ない。
僕は、花恵さんを好きになっちゃいけないんだ。




