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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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49話 花恵さんの寿命が見える

 待て。そんな事は無い。好きになっちゃいけないなんて、何を考えているんだ僕は。混乱しすぎて普通じゃない。冷静になれ。……何でもいい。解決策に繋がる、有益な情報が欲しい。……そうだ、お医者さんに聞いてみよう。創さんなら、お医者さんとも繋がりがあると思う。

 僕は、まだ震えの残る手で、携帯電話を掛けた。


「もしもし、苺谷さん?」

「うん。どうしたの?」

「実は、ちょっと夢の事でね」

「あ、見れたんだ。どうだった?」

「それが……10年後、出産で亡くなるんだ」

「…………えっ?」

「出血過多で、なんだけど、これって事前に分かっていたら、色々と機械とか輸血とか準備が出来て助けられるのかなって。創さんなら、お医者さんの知り合いがいると思うんだけど、聞いてもらってもいい?」

「…………」

「聞こえてる?」

「……うん、聞こえてる」


 何だろう、声が小さい。


「石上くん…………ううん、ごめんね、分かった。お兄に聞いてみる」


 と、小さな声で言って、そこで電話は切れた。

 いつもなら大きめの声で、私たちに任せてって感じに言ってくれるのに。やっぱり今度ばかりは……いやいや、そうじゃない。めちゃくちゃ勉強が必要な医学が関わってくるから、苺谷さんは何も言えなかっただけだ。


 ……と、考えていると、着信が。見ると、創さんからだった。流石の早さだ。


「もしもし」

「おう、俺だ! なじみのドクターと繋げるぞ───もしもし」


 知らない男性の渋い声が聞こえてきた。


「もしもし。初めまして」

「初めまして。N大学病院で産婦人科を持っている丸川(まるかわ)だ。君の事は創くんから聞いているよ。早速の質問だが、覚えている限りでいいから答えてくれるかい?」

「はい」

「まずは───」

「あのっ、すいません」

「どうした?」

「その……しかんっていう所から出血したようなんです。専門用語ばかりでしたけど、そこだけ聞き取れました」

「そうか、参考になるよ。その出血はいつ、どこからだい?」

「えっと……赤ちゃんが産まれて、タオルで拭かれて、すぐです。急に慌ただしくなりました。どこからは……お腹の下の方だと思います」

「……今ので充分に分かった。何が起こったのか、説明するよ」


 僕は、息を飲んで耳を澄ました。


「症状は、弛緩出血(しかんしゅっけつ)。弛緩は、ゆるむという意味だ。胎盤……つまり赤ちゃんの育つ袋が、出産の後で剥がれて出血が起こる。本来なら、その後すぐお腹が縮んで出血が止まるような仕組みに体はなっている。しかし、何かの原因でお腹がゆるんだままになってしまうと、出血が続いて命に関わる。その対処法などは様々あるが……結論から言うと、100%の安全の保証は、出来ない」


 ……。

 出来ない。そう聞こえた瞬間、心がひび割れる感覚に陥った。


「我々医療人は、皆、大事な血管や臓器に異変が無いかを常に調べながら出産と向き合っている。それでも、10万人いるうちの4人が亡くなっている。たとえ未来が予測出来て出血の対応がすぐ出来たとしても、我々が手を加えられる領域には限界がある。どんなに医学が進歩しても、人の体の仕組みには逆らう事が出来ないんだ。理解してくれ。……聞こえたかね?」

「……はい」

「うむ。代わるよ───おう、俺だ! ばっちり聞けたか?」

「……はい」

「そんな落ち込むなって! もっと他の意見とか、外国のドクターにも聞いてみるからよ! ちょっと待っててくれ! またな!」


 と。創さんは豪快に明るく言ってくれた。

 けれど、心のひび割れは塞がらなかった。



◆◇◆◇◆



 翌日。朝。

 お母さんの運転で、両手と右目の治療をしてくれた病院へ向かった。元々、薬を塗ったり包帯の交換やらで2日おきに通う事になっていた。しかし、僕は居てもたってもいられず、お母さんに無理を言って朝イチで向かった。


「じゃ、買い物してくるから」


 去り際に、今出来うる最高の笑顔でお母さんを見送る。

 その後、すぐ、僕は早歩きで向かった。走りたいけど、走ると傷口が痛むから、ギリギリの速さで。

 そうして、今。医務室に来ている。僕を治療してくれた若い男の先生が、そこにいた。


「ふむ。まだ痛みが続きますが、痛み止めを欠かさず飲むようにしましょう。目の包帯は替えますね」

「あ、あの」

「何です?」

「ちょっと、このケガと関係ないんですけど、弛緩出血って予防できないんですか?」

「……出産で起こるもの、ですね。何かのドラマでも見たんですか?」

「あっ、そういう訳じゃ」

「はぁ……前もって予防できる所ではありませんし、それに君は結婚もしていないでしょう? 今は自分の体を心配して下さい。はい、お大事にどうぞ」


 と。一応答えてくれたものの、それ以上は対応する気がないという脱力した声で言った。確かに結婚もしてない普通の男子高校生には必要の無い情報だ。わざわざ教えてくれる人は丸川先生くらいなのか……。


「あの。丸川先生ってご存知ですか?」

「存じ上げてますけど、それが何か?」

「どれくらい有名なのか気になりまして」

「それはもう、医者なら誰もが知ってるくらい有名です。臨床数もトップレベルで経験豊富なんですから」


 そんな凄い人からの情報なのだから、間違いないだろう。体の仕組みには逆らえず、限界がある。どうする事も出来ない……のか。


「石上さん。もしかして」


 ふと、若い男の先生が怪しんできた。まずい、未来が見えるとバレるか……?


「丸川先生のファンクラブにご興味が?」

「………ファンクラブ?」



 その後、ファンクラブ古参会員のその先生による丸川先生のカリスマ性の熱弁は、看護師の人から「予約が詰まっています」と叱られて耳をギュッと引っ張られるまで続いた。

 ……久しぶりにクスっと笑えた。



◆◇◆◇◆



 それから一週間。

 両手と右目のケガは、経過良好。無理に動かさなければ痛まないくらいに治ってきた。

 その間、花恵さんは毎日パンやドーナツを持ってきてくれた。味に飽きないように、毎日工夫をしてくれた。美味しいんだけど、僕自身が笑顔になれなくて。そんな僕を見ている花恵さんは、もっと美味しい物を作って元気になってもらいたいと思ったようで、うちのご飯をお母さんと一緒に作りたいと言った。すると、お母さんは一緒に買い物にも誘うようになった。


「ただいまー」

「おかえりー」


 お母さんが帰ってきた。玄関から大きな声で聞こえたので、僕は返事をする。

 すると、玄関の方でお母さんと花恵さんがひそひそ話をしだして、僕の部屋の方へと足音が聞こえた。扉が開くと、そこには花恵さんが顔だけひょっこり入ってきて……。


「た、ただいま」

「……おかえり」


 花恵さんが、恥ずかしげに言ってきた。

 いつも可愛いんだけど、最近はこういう家の中での距離感の近い、何と言うか結婚ほやほやの恥じらいのような仕草が見られる。


「美味しいご飯作るね。待っててね」


 照れを隠すように、花恵さんは扉を閉めて小走りで行った。その後、お母さんとキャッキャと楽しそうに笑い合っている声も聞こえてきた。


「……」


 分かっている。

 これ以上、お母さんとも仲を深める前に、言わなきゃ。

 体の仕組みには逆らえないから。

 予防できるものではないから。

 もし結婚しても、子どもを諦めるしかない。そんな究極の選択を、結婚していない今のうちに知ってほしいから。

 今までは言わない事で花恵さんを守ってきた。これからの笑顔を守る為、長生きする為に必要ならば……言うしかない。


 寿命の事を。



◆◇◆◇◆



 僕は、ご飯を作っている花恵さんを僕から誘い出し、花恵さんと一緒に家の外をぶらぶらと歩いている。


「急にどうしたの? 家では話せない事とか?」

「……うん、そうだね」

「……」

「……」


 言わなきゃと分かっているのに。


「はい、どうぞ」

「……え?」


 ふと、花恵さんが、鞄からあんぱんを出した。


「ご飯まだだし、お腹空いてるでしょ?」

「……うん。ありがとう」


 それを受け取る。すると、そのあんぱんを指差して、花恵さんが話し出した。


「あんぱんで思い出したけど、先月くらいにトヨカドで迷子だった男の子、覚えてる?」

「うん、覚えてる。あんぱんを食べたら元気になったね」

「そう。その子と、そのママさんがね、ちょっと前にうちに来てくれたんだ〜」

「えっ? すごい。よく分かったね」

「うん。迷子の男の子がね、もう一回私のあんぱんが食べたいって言って、それであちこち探してたみたいでね。ようやく見つけたらしいの」


 特に看板も無い花恵さんのパン屋を見つけるなんて、相当回ったのだろう。


「それでね。また買いに来ますってそのママさんが言ってね。何ていうか、母親ってすごいなって思ったの」

「どうして?」

「子どもの笑顔のために大変な事でも頑張れるんだなぁ、って。あの子の笑顔、すごい可愛かったし」


 ふふ、と花恵さんは笑う。


「……花恵さんも、そんなお母さんに、なりたいの?」

「ふぇ!?」


 ぽつりと、僕は聞いてしまった。あまりにストレートな文言に、声に出してから恥ずかしさが込み上げてきた。

 花恵さんも驚いて、返事に困っている。


「いや……その……あの時もそうだったけど、花恵さんは、子どもが好きなのかなって」

「……うん。好き。ギューしたりお世話したり、成長を間近で見届けたり、そういうの憧れるよ」

「そっ……か。子ども……保育園の先生って感じじゃなくて、やっぱり自分の子ども……だよね」

「…………ん。そうだよ」


 そんな、地面を見て恥じらいながら、子どもを産む事を憧れている花恵さんを見て。

 僕は。

 心のひび割れが行き渡ったような感覚になって、真っ二つに離れてしまった。

 子どもが欲しくない訳がない。花恵さんの人柄や今までの様子から、もう分かっていた事なのに。直接聞いて、ようやく理解した。

 このひび割れは、僕が理想とする、花恵さんとの未来の写真。僕がいて、花恵さんがいて、2人の間に出来た子どもがいて、皆で一緒に手を繋いで……10年後も、その先も、一緒に笑い合う。



 ……。

 ……僕は、そんな最高に幸せな未来を、今ここで終わらせる。

 せめて、花恵さんを死なせないため。

 僕は、僕自身を引き裂くとしても構わない。

 花恵さんの笑顔を消し去ろうとも構わない。

 花恵さんの命だけは、絶対に守る。


「駆馬くん?」

「……花恵さん。聞いてくれる?」

「うん」

「僕は、花恵さんに告白する時、これから先どんな事があっても幸せにすると言った」

「……そうだね」

「でも、ダメなんだ。僕は花恵さんと、子どもを作っちゃいけない。最高に幸せには出来ない」

「……え? どういう……てか、何でそんな……」

「急でごめん。出来ればずっと隠していたかった。でも、もう言わなきゃいけない。実はね、僕は───」


 僕は、無理やり息を吸って、花恵さんの悲しげな目を見て、告げた。


「花恵さんの寿命が見える」

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