48話 僕は花恵さんを……好きになっちゃいけなかったのか?
結婚って。
手を取りあって、末永く生きられるように養い支え合う、特別な関係性。結婚って、そんな感じだと思う。いつか、そうなれたらいいなと思いはする。まだ高校生で、養える力は無い。末永くも言いきれない。だから、今は言えない。
でも、花恵さんと2人で手を繋いで並んで一枚の写真を撮るように、理想を思い描く事は、いつか来るその日に繋がる大きな一歩だと思う。
……なんてのも、やっぱり恥ずかしくて言えれず、僕は心の奥に仕舞っておいた。いつの日か言えるその時まで。
◆◇◆◇◆
それから、何気ない雑談をしていると、花恵さんが目をごしごし擦ったり、手で隠しながら大きくあくびをしたりして。一旦帰るのを僕が提案してみると、渋々だけど頷いてくれて、花恵さんは一旦帰った。
花恵さん、寝たとは言ってたけど、きっとろくに寝ずに一晩中何度も試作品を作ってくれていたのだと思う。だけど、あくまでも僕の想像でしかない。聞くべきではない。僕にこれ以上心配させたくない花恵さんは、きっと正直に言わないから。
その想いの詰まったドーナツを一口頬張り、ぽつんと静かになった部屋で、僕は左手薬指の爪を見つめる。
10y
10年後。26歳。社会人。
どんな大人になっているか……結婚しているのか……確かに興味はある。しかし、この夢はあくまでも、花恵さんの死ぬ瞬間を見て、そんな未来から守るためにある。一つの油断が、今回みたいなケガに繋がって……守りたい笑顔が守れない。2度は無いように、僕は、夢の中の花恵さんと結婚がどうとか呑気に話すべきではない。
目的を絞ろう。花恵さんを守る事に集中するんだ。
そう決意して、僕は目を閉じた───
◆◇◆◇◆
「ぁあ! ぁあ!」
白黒の夢の中。
まず入ってきた情報は、赤ちゃんの泣き声。産まれたてなのか、小さな体から元気に大きく発している。
ぼんやりとした視界がはっきりして、ふと見ると、手術衣を着た人が大勢いる。その人だかりは2箇所あり、1つは、台の上に寝かされている、小さな赤ちゃん。体を拭き取られていたり、腕に何かチューブを付けられている。……どうやらここは手術室で、ここで産まれたようだ。
じゃあ、その母親は……。
もう1つの人だかりに僕は近寄る。
そこには……花恵さんがいた。
目を閉じている。口には酸素マスクが付いている。頬が少しだけ大きい……だけど、紛れもなく花恵さんだ。
……見ていたいけど、今は目的に集中だ。
周りを見る。
お医者さんや看護師さんが、花恵さんの様子を診たり機械を確認して大忙しだ。
その会話内容は医療的な専門用語ばかりで僕には分からない。
しかん……出血? を起こしている。今、ドクターがそう周りの看護師に告げてから、更に慌ただしくなった。
「あの」
「はい、何ですか?」
呆然としている僕に、看護師の人が話しかけてくれた。
「石上花恵さんの旦那さんですよね」
「…………え?」
耳を疑った。
石上花恵さん……旦那さん……。
今、そう言ったのか? 僕、花恵さんと結婚しているのか。
「あの、奥さんのご様態なのですが、危機的出血を起こしています。輸血が追い付いていません」
……。
……。
……。
何を言っているんだ、この人は。
「どうか、手を握ってお声掛けをお願いします」
思考が真っ白になったまま、僕は花恵さんの元へ、沈むように寄る。
「花恵さん」
返事は無い。呼吸が荒い。
「花恵さん」
手を握る。しかし、握り返してくれない。冷たくなっている。何とかして温めようと、祈るように、僕は手を包む。
「花恵さんっ……!!」
握り返してよ。
目を開けてよ。
笑ってよ。
生きてよ。
「……」
その祈りが届いたのか、息の荒れる花恵さんが、薄らと目を開けてくれた。ほんの僅かだけど手を握ってくれた。
「花恵さんっ!」
「ご……め…………んね」
何で謝るんだ。違う。花恵さんは何も悪くないじゃないか。
「もっ…………と…………いっ…………しょ……に」
僕もだよ。もっと一緒にいたい。何だよ、26歳で死ぬなんて。結婚して、赤ちゃんが出来て、これから幸せになるって時じゃんか。
「な……か……ない……で」
無理だ。止められないよ。
「……………………」
あ、い、という口の形にはなっていた。もう、声を出す力が無いのか。何とか聞き取ろうと耳を澄ませていると、花恵さんの呼吸が小刻みになってきた。
「心拍低下! 酸素濃度90!」
看護師さんが大声で騒ぎ出した。
僕の反対側に立った看護師が、花恵さんの胸に手を当てて心臓マッサージを始めた。
その光景に圧倒されていると、いつしか、花恵さんの手に力が入っていなかった。
僕は、それでも、祈るように手を握る。涙で目がにじむのを袖で拭う。
花恵さん……死なないで……。
◆◇◆◇◆
「あああああっ、ぐぅ!」
飛び跳ねるように起きる。
直後に来た左手と右目の激痛に、現実に戻ってきたんだと体で感じる。
息が乱れている。左目から滴るほど涙が流れ続けている。顔が熱い。
僕は、左手薬指の爪の数字を睨む。
10年後、花恵さんは、僕との間に出来た赤ちゃんを産む時に、出血過多で死ぬ。
脳に鮮明に焼き付いている、花恵さんの最期。
こんなの、まるで……。
花恵さんを死なせる元凶が、僕なのか。
出会ってしまったから?
「何だ……これ。ざっけんな。何でだよ。何でだよぉ」
ぐちゃぐちゃな頭のまま、僕は歯を食いしばる。
結婚が間違いなのか? いいや間違いな筈がない。幸せになるために、幸せにするために結婚するんだから。じゃあ子どもを作る事が間違いなのか。お産で死ぬのなら、結婚したとしても子どもを作らなければ死なないから子どもを諦める事が正しい選択? しかしどこまでも酷く悲しい選択だ。もし仮にそうするとしても、その決断は1人でする事ではなく2人でする事。だってそうだろ……このまま寿命が見える事を隠したまま、お付き合いを続けて、結婚して……いざ子どもが欲しい時に言っては遅すぎる。いつか言わなければならない事。時間の問題。
……そもそも寿命の事を黙っているのは、幸せな未来を明るく描く無垢な笑顔を守るため。あと何年だけとか、死ぬ未来を知っては、その笑顔は暗く濁ってしまう。そう僕は信じて、笑顔を守る為に隠してきた。なのに……こんな結末なのか。
「僕は花恵さんを……好きになっちゃいけなかったのか?」




