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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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46話 10年後、何しているんだろう。

 苺谷兄妹の嵐が過ぎ去り、ぽつんと静かになった部屋にて。僕は左手薬指の爪を見つめる。


 10y


 僕は10年後、何しているんだろう?

 26歳。社会人。大学に行くとしても卒業していて働いているはず。働くとなればお金をがっつり稼ぐと思う。そのお金の使い道を考えると……例えば車を買える。ドライブデートがてら遊園地や温泉に旅行に行けるし……旅行先でプロポーズしたり、結婚指輪を渡す事も……。


 ふと、妄想が広がる。

 真っ白のアザレアの花畑。その丘の上にて。

 アルファベットの「A」の形をした、裾に向かって広がる純白のドレス。白く透けたベール。白いアザレアのブーケを両手に持った女性が僕を待つ。

 天から降り注ぐ陽光。

 白い鳩が羽ばたく。

 白い花弁から生まれしその女性は、僕の心に温もりを恵む。

 花嫁姿の花恵さんが、僕に微笑んでくれる……。


 うん、10年後が楽しみだ。不安ばかりじゃないんだ。僕がどんな大人になっているのか、花恵さんがどんな美人になっているのか、むしろワクワクする方が強くなった。

 そう思えた僕は、早速、爪を額に当てて、ワクワクしながら目を閉じ───



───コンコン 



 扉が強くノックされる。誰だろう……タイミング悪いなと思いつつ、無視する訳にはいかない。


「……どうぞ」

「おーっす! 生きてるかぁー?」


 片桐が大声で入ってきた。


「生きてる。てか、うるさいな」

「お、悪ぃ悪ぃ」


 ふっとため息を一つ吐き、僕は片桐の顔を見入る。夏休みに入って1週間ちょっとしか経ってないのに、肌がこんがり焼けた食パンのように黒くなっている。


「しかしまぁ……ひでぇな。おもろい事が言えねぇわ」

「そんなの期待してないから」

「そうか。なら、良いんだけどよ」


 僕の小声のツッコミに悔しそうにして、片桐は入ってきた。


「そっちは面白く焼けてるね」

「お、気付いた? いやぁ、ここ最近はずっと外だったからな!」

「へぇ。何、バイト?」

「そーそー。土方(どかた)と芋の皮剥きやってんだ」


 耳を疑った。


「何それ。土方は分かるけど、芋? どんなバイトなの」

「ああ、土方のチーム皆の飯作りの一環だよ。50人くらいの大人が食べるから、量がエグいんだよ」

「へ、へえ。皮剥きだけで大変じゃん」

「おうよ。頑張ってんよ」


 よくもまぁ続くと思う。暑い夏休みに敢えて外に出て体力仕事を選ぶなんて。よほど稼ぎが良いのかな。


「そんな事よりさ! 元気が出るお土産持ってきたぞ! じゃじゃーん!」


 そう言って、片桐は大きなビニール袋から、色とりどりの平たい物を取り出した。


「え、花火?」

「そう! いっぱいあるぜ! お前、花火大会全然見れなかっただろ? ケガ治ったら、花火やろうぜ! 俺とかクラスの連中を誘うのも良いし、愛しの彼女と2人きりでやるも良しだ!」

「ちょ……まぁ、花火自体は悪くないね」

「だろ? 誰とやるかはお前が決めればいいからな。だから早く治せよ!」


 片桐が明るく笑う。僕は、そんな片桐を見て、心から疑問が出た。


「お前、優しいな。彼女出来ないのが不思議だよ」

「うわ、何だよ。自分は出来たからって上から目線か?」

「そんなんじゃないって。素朴な疑問だよ。この手の話を全然してなかったからさ。誰か、付き合いたい人はいないの?」

「いっぱいいるぞ? 同級生なら山本、田中、小林、後輩なら伊藤、鈴木、高橋、あと渡辺先輩と」

「分かった」

「佐藤先生も」

「もう分かった! お前はすごい! 今が一番輝いているよ!」

「だろ? すげぇだろ!」


 そう言って片桐は大きく笑ってみせて、続けて語る。


「まぁ、だからよ、高校卒業したら、でっけー会社の(ヘッド)になって、惚れた女の子全員を食うも寝るも困らんくらいに養ってやんよって思ってんだ、実は」

「……マ?」

「マジ! 夏休みに入ってから、俺の理想に近い事をしてる事務所に行って弟子入りしたんだ。そういう訳で、土方(どかた)と芋の皮剥きから始めてんだけどよ、その人がよぉ、苺谷の兄貴だったんだ! 弟子入りした後で、あれ、何で苺谷いるの? って感じでな」


 苺谷さんの兄貴……(はじめ)さんと知り合いだったのか。


「創さんに弟子入り……いつの間にそんなに」

「お、知ってんのか?」

「うん。でも顔と名前だけ。何してる人なの?」

「あー……色々してるから説明が難しいんだけど、まぁ一つ分かりやすく言えるのが、コンサルタントだな。とりあえずこの町の社長の全員(・・)と仲が良いから、橋渡し的な事をしてんだ。関わる人皆を食うに困らせずケガなく暮らせるよう、めっちゃ頑張ってるぞ」

「社長……全員…………マ?」

「マ」

「……マ?」

「マ」



 ……そこから30往復くらい。僕は片桐が呆れて止めるまで、マの会話を続けた。



◆◇◆◇◆



 そうして。

 僕は片桐に、創さんが何してるのかを聞きはした。聞いてみたものの、やってる事が現実味が湧かない事ばかりで、僕には理解できなかった。理解できたのは、大勢の社長と仲が良い事と、虎を飼ってる所くらい。

 話し終えて、片桐は帰っていった。

 ……どっと脳が疲れた。でも、丁度良い。これで、眠りにつける気がする。


「……」


 ……静かで眠りやすい疲れ具合のはずなんだけど。ちょっと眠れなくなった。

 将来の事。

 花恵さんはパン屋さん。片桐はでっかい社長。同い年が将来に向けて準備を進めている。でも僕は、あと1年半後に高校を卒業した後を、まだはっきり決めていない。2人のように、何か人生を懸けて夢中になれる目標が出来るといいんだけど。

 10年後、何しているんだろう。

 10年もの時間をかけて夢中にやりたい事……続く事……今言える事は、花恵さんとの結婚、だと思う。

 僕は、どんな進路になるとしても、花恵さんの笑顔のために夢中で色んな事をやれると思える。どんな未来になっても、ずっと、花恵さんを幸せにしてあげられるように。ずっと、笑顔で、長生きしてもらえるように。

 そんな未来を掴み取るため、一歩ずつ出来る事をしていこうと思う。その第一歩のために、僕は目を閉じた───



───コンコン 


 扉が弱くノックされる。でも、その小さめな音から、優しさが感じられた。こんな入り方をするのは、1人しかいない。


「……どうぞ」

「お邪魔します」


 音が立たないよう静かにドアを開けて入ってきたのは、やはり、花恵さんだった。

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