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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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45/61

45話 ぐるぐる巻き

「次のニュースです。昨日の午後5時半頃、K市の夏祭り会場で、通りがかりの高校男子が男に刃物で手を刺される事件がありました。警察は男を殺人未遂の疑いでその場で逮捕しました。男は、イライラしていた等と容疑を認めております。被害者の男子生徒は救急車で病院に搬送され、手や顔などに全治2ヶ月の重症を受けましたが命に別条はないという事です。その後の現場は混乱が起きましたが、警備隊を増員して対処したもようです」


 すごい事になってるらしい。

 朝目が覚めて、自室のテレビを何となくつけたら、刺された場所の周辺に立ち入り禁止のテープが張られ、大勢の警察が交通整理している。


「ふぁ」


 ベッドの上であくびを……小さく一つ。大きく動くと、顔の傷が痛むから。

 昨日のあの後は、寝起きでも鮮明に思い出せる。

 あの通り魔にやられたその後、救助隊が来て病院に運ばれ、手術を受けた。お医者さんが特にびっくりしてたのが、左手だ。ナイフが貫通していたようで、全治2ヶ月はここの事を言っている。肘から指先が硬い板やらガーゼやら包帯やらでぐるぐる巻きになっていて、指を曲げる事も出来ない……というか少しでも動かすと痛い。昨日はそうでも無かったのに、今日の方がめっちゃ痛い。

 それと、右目を中心に顔の右全体とおでこ全体……右手の甲にも、引っ掻き傷がありガーゼが付いて包帯ぐるぐる巻き状態。

 そんな状態だけど、2日に一度の通院で経過観察といったスケジュールだ。

 ……改めて思う。夏休みどこにも遊びに行けないなーとか、両手がこんなんじゃご飯どうすんだーとか、呑気な悩みが出てきた。


「駆馬」


 ふと。お母さんがドアを静かに開けてくる。


「おはよう。痛い?」

「ん。すごく」

「だよね。うん。すぐ治らないよね」


 はぁ、と深いため息が聞こえる。


「まったく。彼女ちゃんから聞いたけどさ。あの子が危なかったのを庇ったんでしょ。よく頑張ったよ、うん。でもね……五体満足で生まれてくれた息子に傷を付けられてさ、母さんは素直に喜べないよ?」


 お母さんは、怒りと悲しみの混ざったような声で、僕に語りかける。


「……でも、あんたが笑ってるんなら、いいんだけどね」

「うん。悔いは無いよ」


 僕は、今出来る最大限の笑顔を、お母さんに向ける。花恵さんを死なせず無傷で守れた。僕自身が死ななかった。望んでいた未来を掴み取れたのだと、僕は感じているから。


「とにかく。治るまで何も気にせず寝てな。お腹が空いたら呼びなよ? 何か食べさせてあげるから」

「うん。ありがとう」


 と。僕が気になっていた事を話してくれた。

 ……でも、何でだろう。お母さんがニヤニヤしている。


「ご飯と言ったら、彼女ちゃんが言ってたよ。何か作って持ってきてくれるらしいよ。で、食べさせてもくれるんだって。愛されてるね〜このこの」


 彼女というワードをわざとゆっくり言って、小指を立ててニヤニヤしてきた。

 そう。お母さんには、片桐たちに言うより前に、付き合ってる事を話している。でも、前々から何となく分かってたみたいで、サラリと話が終わってしまった。それどころか、ニヤニヤして見てくる事がやたらと増えて、恥ずかしくなる事が増えてしまった。


「...…そんなに色々話してたんだね」

「そ。手術してる間に、花恵ちゃんとそのお父さんと会ってね。そう、花恵ちゃんのお父さんとも会ったよ。命懸けで守ってくれてありがとうって、あたしにも言ってくれたよ。またお礼を言いに来たいってさ」


 花恵さんのお父様……。あの人からは感謝されてばかりだ。


「今後とも末永くよろしく、って言ってたよ」

「……え?」

「そしたら花恵ちゃん、もうもう、って怒ってたよ」

「ですよねー」


 ああ。僕の知らない所で、そんな光景が。また見たかったなぁ、ぷんぷん怒る花恵さん。



◆◇◆◇◆



 それから。お母さんが部屋を出て、浅く眠っていると。


───ピンポーン


 家の呼び鈴が鳴る音で、目が覚める。

 お母さんが玄関を開けて出迎えると、僕の部屋への足音が近くなる。


───コンコン


 扉がノックされる。


「どうぞ」


 僕が言うと……苺谷さんが、ひょっこりと顔だけ入ってきた。


「花恵ちゃんじゃなくてゴメンね」

「ちょ、何言ってんの」

「何となく、そうかなって」

「そんな事思わないよ。来てくれてありがとう。どうぞ入ってきていいよ」


 洞察力の鋭すぎるそのジト目を見ながら、僕は笑顔で隠して招いた。


「ん。それと、お兄も入っていいかな」

「お兄さん? 来てるの?」

「うん。会いたいって」

「……うん。いいよ」


 そう返事すると、苺谷さんの後ろから、その人が入ってきた。


「邪魔するよ」


 光沢のある漆黒のカッターシャツに、暗く輝く銀色のネクタイを結んでいる。その服がぴっちり合っているように見えるほど、体中の筋肉が盛り上がっている。銀色の髪はオールバックにしてワックスで固めてあり光沢がそこにもある。何とも全体的に光り輝いているようなオーラがある。

 この人が、話に聞いていた、苺谷さんのお兄さん。この町の裏ボス。


「初めまして。俺は苺谷(はじめ)。宜しくな」

「はい。宜しくお願いします」

「おう。……駆馬って呼んでいいか?」

「ええ」

「おっけー。駆馬。俺の事は創でいいから」

「……じゃあ、創さんで」

「分かった。……ところで駆馬。妹から話は聞いていた。まずは謝らせてくれ。昨日は通り魔の野郎をそっちに行かせちまった。すまない」

「そんな……謝らないで下さい。元は、僕が電話に気付けなかったのがいけないんです」

「だとしても、だ。それを予測出来なかったのも事実。駆馬が痛ぇ思いをしなくて済む選択肢はあったはずなんだ」

「……すごく、理想が大きいですね」

「ああ。皆がケガしねぇ世の中にしてぇのが俺の理想だからな。痛ぇ事って、嫌だろ?」

「まぁ、そうですね」

「だよな。だから色々やってんだ。そこで駆馬の不思議な夢には、超〜助けられた。……だが、その駆馬本人がこの仕打ち……俺自身が納得いかねぇ。だからせめて、駆馬の治療費くらいは、俺に払わせてくれ」

「えっ!? そんな、そこまでは」

「分かってる。普通なら、通り魔の野郎が払うのがスジだし、俺は関係無ぇもんな。だが、こうでもしねぇと俺は次に進めん。どうか、俺を助けるつもりで、任せてくれねぇか?」

「……ごめんね、お兄は自分の意見を曲げないの。石上くんが損する事は無いし、良いかな」


 苺谷さんも、頼んできた。創さんは、そこまで責任感の強い人らしい。

 ……一見すると、僕が得する話で終わる。

 しかし、何だろう。このもやもやする感じ。どこか……そう、火事を止めた時の僕を見ているようだ。そんな目を創さんはしている。

 ならば、結論は明確だ。僕がすべき選択は……。


「お断りさせて頂きます」

「はぁ!? 何でだよ!」

「この現状に、僕は満足しているからです」

「……どういう事だ。痛くて苦しいんだろ。顔と手に傷が残るだろうが」

「はい。そりゃあ痛いですよ。傷も残ると思います。でも、そんなのはいいんです。僕や、花恵さんが生きているんです。死ななくて済んだんです。僕は、これ以上を望む事も恨む事も無いんです」

「……」

「だから、創さん。そんなに自分を責めないで下さい。充分すぎるくらい、創さんのお陰で僕は幸せを貰いました。だから、ちょっとくらい良いんです。一人で頑張りすぎなくて良いんですよ」


 そう。これは、あなたと苺谷さんが、一人で頑張りすぎていたあの頃の僕にくれた心の温かさ。

 全力で善を急いでいる創さんへの、恩返し。


「……ふはっ。まさかそう言われるとは思ってなかった。確かに、そうだな。満足するかどうかは当人が決める事だもんな。駆馬の言葉がスーっと染みたぜ」


 そう言って創さんは、鼻の下をこすって、屈託の無い笑顔になった。


「ありがとうな! 何か目が覚めた!」

「お役に立てて良かったです」


 僕も、話しながら改めて気付いた。花恵さんが生きてさえいてくれたら他は要らない、と。


「おう! また貸しが出来ちまったな。何か困ったらいつでも言ってくれよ!」

「はい。また、ぜひ」

「……ねぇ。そういえば、次の夢は見てないの?」


 ふと。苺谷さんから聞かれた。


「まだ、見てない」

「そっか。じゃあ、夢を見れるようにしたいし、爪の数字も今のうちに見ておこうよ。もしかしたら今日とか明日に何かあるかもしれないし」

「うん、そうだね。僕も確かめておきたい」

「おっ? 噂のアレかぁ?」

「お兄。私たちは何も見えないからね」

「分かってる分かってる」


 そう言って創さんにため息をついて、苺谷さんは僕の左手の包帯の左手薬指の爪の部分だけ出してくれた。

 それを見てみると………


「どうだ、駆馬。何て書いてあるんだ?」

「10……何これ。y?」

「10年後?」

「はぁ? 超〜長ぇな!」


 10y

 つまり、year。10年後に何かが起きるようだ。


「26歳だと、結婚してるかもね」

「け、け、け、結婚!?」


 苺谷さんが、さらりととんでもない事を呟いた。

 結婚。

 僕が花恵さんと結婚だなんて。まだ付き合ってすぐなのに。まだ2人でそんな話はしてないぞ。いや別にお父様からは末永くって言われてるから認められてるんだろうけど僕が直接聞いた訳じゃないし。第一、結婚するんなら住む家は? 家計を養う勤め先は? 何にも始まってないしまだ高校を卒業出来るか不安だ。だからまずは順番に済ませてからだけど何から始めればいいんだああああああ───


「石上くん」

「は、はいっ!?」

「そんな一度に色々考えすぎちゃダメ。落ち着いて」

「……はい」


 苺谷さんの一喝で、僕は思考をストップ出来た。


「10年後。そんな未来まで見れるんなら、大抵の事は大丈夫だろ。病気になるんなら、今のうちに体鍛えたり、ウイルスのいない外国に引っ越したりさ」

「そうだね。やたら金持ちの筋肉星人なら出来そうだね」

「あ? 何か言いてぇならこっち見ろよ、文実」

「別に。行動力を褒めたつもりだけど」

「かー! 可愛くねぇな!」


 ……何これ。急に兄妹喧嘩が始まったんだけど。どうやって止めればいいんだ。


「……ほら、お兄。石上くんが困ってるから」

「あ。悪ぃな駆馬。みっともねぇもん見せちまった。ほら、そろそろ帰るぞ」

「ん。そこは同意。じゃあね石上くん、お大事に」

「またな、駆馬!」

「……あ、はい」

 

 かくして。苺谷兄妹は、嵐の如し騒がしさで出ていった。

 苺谷さん、普段は口数少ないのに、いつも家ではあんな感じなのだろうか。

 ……面白くてもう少し見ていたかったなんて、さすがに言えなかった。

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