43話 こんなに可愛い女の子と付き合えて、幸せ者だなって
約束の日。
時刻は15時。天気はやや曇りで、夏の外出には丁度良い日差しだ。
僕は、シンプルな無地のグレー色の浴衣を着て、駅のホームに立っている……と言うか、人が溢れていて椅子に座れない。なぜなら、その掲示板にある夏祭りのポスターにあるように、今日のお祭りは大規模な花火大会だから。およそ2時間、間髪入れずに連続で打ちあがる花火が有名で、近隣住民だけでなく遠くからも人が集まる。車で近くに行っても駐車場が満車になるから、ほとんどの人は電車を使っている訳だ。
……花恵さん、僕がここにいる事が分かるだろうか。
「駆馬くん!」
そんな不安を晴らす声が聞こえ、その方を見る。すると、美しい青色の女性が目の前にいて……人混みの中、そこだけ晴天に祝福されて照らされているように見えた。
夏らしい清涼感あふれる爽やかなパステルブルーの生地に、満開のマーガレットの花柄が全体に散りばめられた、可憐で清楚な浴衣。帯には浴衣より濃い青色で、まとまりのあるデザイン。帯と同じ色の小さな小包を持っている。
そしてその顔を見る。目元にアイラインの化粧をして。口紅が塗られ、艶やかな唇をさらに魅力的に仕上げて。髪はお団子にして透き通ったガラス細工の玉が付いた簪を刺して。
夢で何度も見た姿。きっと色彩鮮やかに美しくなっているという予想は、間違いなかった。
「ふふ、びっくりした?」
「うん。カラフルでキラキラしてて、綺麗だよ」
「ふふふ。ありがと! 駆馬くんに見て欲しくて、頑張ってみたよ」
僕に見て欲しくて。
今日のため。僕のためのお洒落。
こんなに姿が可愛くて、理由も可愛い。
それほど行動したのに、恥じらいがあって長く目を合わせられない。この青い天使は、勇気を振り絞って降臨してくれた。
……何とも、身に余る幸せ。このままじゃ幸せを僕だけ貰ってばかり。それじゃ申し訳ない。今日は、2人で一緒に楽しむ日なのだから。
「何か、僕ばかり幸せを貰ってばかりだね」
「そ、そんなに?」
「うん。こんなに可愛い女の子と付き合えて、幸せ者だなって」
「……もう! 急に、人前で何言ってるの! もう! もう!」
ああ。久しぶりに、ぷんぷん怒る花恵さん、良き。
……花恵さんいじりは、さておき。そろそろ行かないと。
「ごめんごめん。さ、行こっか」
「……」
花恵さんの手を引く。でも、花恵さんは動かない。どうしたのか顔を見ると、耳打ちするように手を添えてきて……
「わ……私も、幸せだよ?」
「っ!!!?」
花恵さんは、いたずらを成功させた子どものように無邪気に笑い、呼吸を忘れて固まった僕の手を引いていく。
「行こ!」
「……うん!」
◆◇◆◇◆
それから僕らは満員電車に入る。分かっていたけど、座席には座れない。ドアに張り付くように立って乗車している。
僕はつり革を持ち、花恵さんはドア付近の鉄の棒を持っている。それでも、電車に揺らされるたびに、僕らは浴衣同士がふんわり当たるくらいにバランスが取りづらい。
「すごい人だね」
「うん……」
───プシュウウウウ
と、話していると。電車は目的地の一駅前で停車。やはりと言うべきか、降りる人は居なく、むしろ乗る人ばかり。ただでさえ満員なのに、すみませんすみませんと言いながら少しの隙間に入るように乗っていく。
だから、必然的に……
「あっ……」
僕は、花恵さんを片手で抱き寄せた。初めて、公衆の面前で、いかにもラブラブであると見せつけている。背徳感と責任感が両天秤にかかって拮抗している。一駅だけだ。
「……駆馬くん」
すると、花恵さんはそう呟いて、僕に両手で抱き着いてきた。つまり、ハグ。つまり、花恵さんの柔らかい部分が勿論当たる。でも、今日は帯で下部分を上げているから、その柔らかさは普段以上に際立ち、僕を必要以上に癒してくれた。一駅までの至福。
───プシュウウウウ
堪能していると、あっという間に到着してしまった。もう少し乗っていたい気持ちのまま、僕らはハグを解いて、電車を降りる。
階段を降りる間、僕らは指を絡めて手を繋ぐ。はぐれないように。ハグしたい代わりに。
そうして繋いだまま、駅の改札口を抜ける。すると、花恵さんが、僕の右腕に抱き着いてきた。
「花恵さんっ……」
「……はぐれちゃうから。今日はこうしていたい」
「……そうだね」
はぐれない為に。必要だから。そう思うと背徳感は無くなり、僕は堂々と人混みを潜っていった。
◆◇◆◇◆
駅前の夏祭り会場。僕は毎年来ているから知っているが、やはり人で溢れている。屋台の順番待ちの人なのか通行人なのか見分けがつかない。通行人の流れがゆっくりと続き、止まる事や急ぐ事が困難だ。
しかし、こんな状況でも、花恵さんはと言うと。
「あれ見て! 美味しそう!」
ずらりと人が並ぶ、ふわふわかき氷の屋台に、目を輝かせて僕に満面の笑みを見せてくれていた。
「本当だ! 美味しそう! 食べてみよう!」
「うん!」
僕も、この人混みでも話し声が届くように、全力で大きく喋っている。夏の暑さもあって、水分補給しても喉がカラカラになる。
「美味しい! ふふっ!」
「ははっ! 美味しいね!」
なのに、楽しい。嬉しい。
花恵さんと一緒に新しい出会いに笑ったり、驚いたり。
そんな一瞬のきらめきや、言葉にしきれない表情を共有できるこの時間が、本当に尊くて。
「駆馬くん! 輪投げだよ!」
……感傷に浸る暇は無さそうだ。
「あー! 見て見て! あそこ!」
指差す方を見る。景品の列のそこにあったのは、カピバラざえもんのぬいぐるみだった。ボウリングの玉くらいの大きさ。一等賞にふさわしい存在感。
「欲しい!」
「いいよ! 僕もやってみる!」
「やろうやろう!」
という訳で早速、輪投げを2人でやってみる。ぬいぐるみの手前にある木のブロックに輪を入れれば貰えるようだ。
……しかし、一番の商品なので当然だが、輪が入るギリギリの大きさのブロックで、そう簡単に入らない。
残念ながら、僕の輪は全て入らなかった。
「これで最後! そいや!」
花恵さんの最後の一投。高く弧を描いて、木のブロックに向かう。しかし、輪は無慈悲にも弾かれ、転がり、転がり……今まで見向きもしなかった遠くにある景品の上で止まった。
「おめでとう~。はい、どうぞ」
花恵さんは、店員のおじさんからそれを受け取る。それは、黒色の厚めの長財布。いかにも大人な男性向けの物だ。
とりあえず、景品が取れた事がすごいから、言ってみよう。
「取れて良かったね!」
「うん! すごいよコレ、大きい! 色々入りそう!」
「そうだね! 使うの?」
「うん! 大人になったらね!」
「大人に?」
「そ! 私ね、大人になっても使えそうな大きいお財布が欲しかったの! 丁度良かった!」
「……そっか! 将来楽しみだね!」
「うん!」
大人に。ふと、その一言で、左手薬指の数字を思い出す。夢で見た、大人になる事の邪魔をする存在は、今、苺谷さんや探偵さんが見張ってくれている。
でも、その先は? また、僕一人では対処できない状況になるかもしれない。苺谷さんは、そんな事考えずに幸せになってほしいと嬉しい事を言ってくれたけど……頼りっぱなしで、本当にこれで正しいのか、分からない。
「駆馬くん?」
「あ、ううん、何でもないよ」
花恵さんに顔色を覗かれ心配される。今は答えを考える時では無い……そう蓋をするように、見えてないと分かっているのに、僕は左手薬指を花恵さんに見えないようにポケットに入れた。
「あ。入らないや」
花恵さんが、長財布を小さな小包に仕舞えずに困ってる。
「良かったら預かるよ。ポケット大きいし」「いいの? ありがとう」
受け取る。ポケットにすんなり入った。
……ふと、その時、ポケットに入っている携帯の振動に気付く。
苺谷さんから着信が。
───ぞわ
背筋に寒気が。
一瞬で冷えた手で、着信に出る。
「逃げて! 来てる!」
背筋も凍り付く。手が固まり、携帯を落としてしまった。
居ても立ってもいられず、後ろを振り向く。
すると、夢で何度も見たその人物が、いた。
すぐ後ろ。
目の前に。




