42話 応援
それから。すぐ。
花恵さんのお父様が帰ってきたドアの音が聞こえた。
「あっ、もうこんな時間! 夕ご飯作らないと!」
「そっか、じゃあ帰るね」
「ごめんね、急で」
「ううん大丈夫。また今度ね」
「うん!」
と。僕らは微笑み合う。
「あ。お父様に、付き合う事になったって……何なら僕から言おうか?」
と聞くが、花恵さんは首を横に振る。
「ありがとう。でも、私から言うよ。今日の夕飯の時に。大切な話だから」
「……そっか。分かったよ」
そう話して、僕らは部屋を出る。すると、スーツ姿のお父様とすれ違う。
「お邪魔しています」
「おお、いらっしゃい。何だ、上にいたのか」
「はい。ちょっと、遊んでました」
嘘は言ってない。けど、何故か全て正直に言ってはいけない気分で、今すぐ退散したくなった。
そんな僕や花恵さんの様子をジロリと見て、お父様が。
「……そんなお洒落して。2人で遊んでいたのか」
「は、はい、ちょっと映画館とかに行ってたので。ね?」
「う、うん、そうだね」
「……ふふ。そう畏まらないでくれ。詮索しないよ」
と。お父様が優しく察してくれたようだ。……花恵さんを悲しませる事はしないと、既に思っていた事を改めて思った。
「駆馬くん。これからも、花恵と仲良くしてくれ」
お父様の要望に。僕は。その気持ちはもう心の準備出来ているから。堂々と胸を張って言った。
「もちろんです!」
◆◇◆◇◆
それから翌日。朝。天気は快晴。
僕は、花恵さんといつも帰りに分かれる交差点で、携帯電話のメール画面を見る。
花恵さんから、ここで待ってて欲しいと連絡が来ていた。一緒に学校に行こうというお誘いなのは分かるが、花恵さんは超方向音痴で、お父様に車で送ってもらっていた。最近になって歩いて行けるようになったみたいだけど……まさか僕を車に乗せて、お父様とお話が? まさかまさか、娘に手を出すなとか、高校を卒業するまで部屋に入るなとか? 心当たりがありすぎて反論出来ない。
「駆馬くん!」
制服姿の花恵さんが、駆け足で来た。栗色の長い横髪が揺れる。朝日に照らされて美しい。眼福である。
「ごめんね。待った?」
「ううん、全然」
と。僕らは学校へと歩く。
「昨日、パパに話したよ。お付き合いするって」
「そ、そっか…………何か、言われた?」
「うん。応援するよって」
「そ、そっかぁ」
「え? どうしたの?」
「いやぁ、心配だったんだ。部屋に入るのは許さないだとか、言われるのかなって」
「……そ、それは……もし何か言われても、バレないように頑張るから。気にしないでいいよ」
そう言って花恵さんは、僕の手をギュッと繋ぐ。
花恵さん。その発言は、何を想像して宜しいのでしょうか。気になるけど今はそれを気にする場合じゃない。
学校に向かう道で、手を繋いで歩く事に、僕はとてつもなく恥ずかしくなった。クラスメイトや、知らない人にも見られる。冷やかしをされないかとも思ってしまった。
「急にごめんね。びっくりしたよね」
「あ……うん。ちょっと、恥ずかしいね」
「私もだよ。恥ずかしいけど、でも……」
花恵さんが、手を固く繋いだまま、下を向きながら、僕に言った。
「こ、こうして手を繋いだり一緒にいるの、教室の中だともっと恥ずかしいし、帰りは帰りでそれぞれの友達と遊んだり、勉強会したり、買い物とかあるから……ゆっくり2人で居られるのって朝だけだなぁ、大切にしたいな……って」
花恵さんに言われて、確かに思った。昼間や夕方は2人きりになれるタイミングが付きづらい。交友関係を突き放してでも2人きりになるような事は、僕も花恵さんも望んでいない。
「なるほど。そこまで考えてくれたんだね。分かったよ。毎朝、手を繋ごう」
「うん!」
そう言って、僕らは手を繋ぎ、肩をそっと寄せて歩いた。
◆◇◆◇◆
「お前、まじか! やったな!」
教室に、片桐の声が響く。
僕の肩をバシバシ叩いて、まるで自分の事のように喜んでくれた。その喜びようと言ったら、もう……バシバシバシバシバシバシバシバシと同じ所を。だんだん痛くなってきた。
「ありがとう。痛いよ?」
「おお、すまん! いやぁ、俺としては、社会人になってからだと思ってたわ!」
「おいおい。お前の中ではそんな意気地無しだったのか」
「そうだけど? うじうじしていたじゃねーか。昔は、な」
「うん。昔は、ね」
そう。片桐が勇気をくれなければ、僕は初めて花恵さんを助けた日に、変われなかったかもしれない。
「なんかカッコ良くなりやがって。ちょっと前まで、こーんな猫背だったぞ?」
「おい冗談やめろよ。これくらいだったぞ」
「自覚あるんかい! ははははっ!」
と。片桐と笑っていると。苺谷さんが来た。
「石上くん。花恵ちゃんから聞いたよ。おめでとう」
「うん……こちらこそ、色々と、ありがとう」
「ん。これからも花恵ちゃんと仲良くね。陰ながら応援するから」
本当に、陰ながら応援してくれている。現在進行形で。
「何だ何だ? お前ら、俺の知らない間に仲良くなりやがってよ! 俺も誘ってくれよ!」
「はいはいまた今度ね」
「お、言ったな? じゃあ夏休みになったら、天羽と涼風も誘って皆で遊ぼうぜ!」
「いいね。皆で行こうか」
「おう!」
「……プールは禁止」
「ええええっ!? 何でバレたんだ!?」
「片桐くん、すぐ顔に出るから」
「マジかよ……俺も石上みてぇに顔は紳士のムッツリにならねぇと」
「おい、不名誉極まりない事を言うんじゃない」
「そうだよ。片桐くんとは違う。石上くんはね、花恵ちゃんと2人きりでプールに行った時にようやく顔に出るんだから」
「そうそう……え? 苺谷さん?」
「あー確かに。恋人の水着姿なら見蕩れるもんな」
「おい、片桐も、何言って」
「なるほど。2人のその反応を見る為にプールに……有り寄りの有り」
「苺谷さん!?」
「おっけー! そんじゃ、スケジュール合わせようぜ!」
「片桐!?」
「うるせぇなぁ石上! こっそり覗き見されないだけマシだろ!」
「マシな訳あるかああああ! そっとしておいてくれええええ!」
……。
もうすぐで、夏休み。もうすぐで、夏祭り。好きな女の子の浴衣姿を見られる。
あの時の僕は、そんな事ばかり考えていて。
左手薬指に、その子の寿命が記されているという危機感なんて、すっかり忘れていた。
※セリフの矛盾の修正と、手を繋ぐ部分に加筆しました。




