40話 そんな君だから
そして。一休みした後、僕らはまた出発。1階を巡ると、あのオレンジジュース屋の前を通る。何だか懐かしい。
「ここ覚えてる?」
「うん。ここで偶然会ったね」
「そー。私びっくりしちゃったよ。あの時ね、石上くんと会う準備が出来てなくて、隠れようか迷っちゃったもん」
「えっ? そうなんだ。全然可愛かったよ?」
「………ん。ありがと。そう言われると思ってなかった」
と。天羽さんは栗色の髪を指でくるくると巻いていく。
事実、感じたままを言えるようになってきたけど、真っ直ぐに褒めるのはやっぱり恥ずかしくなるね。
話を逸らさないと。そう思って見渡すと、丁度話題になりそうな場所が。
「あれ? ここ、前に来たよね」
「来たよね! カピバラざえもんやってた! でも今日は違うみたい」
そう。前はカピバラざえもんフェアをやっていた場所。今は、冷たい物フェアをやっているようだ。ソフトクリームや、かき氷、冷凍みかんなど、専門店がぎっしりと集まっていて、どれも魅力的だ。人の賑わいもある。
「わぁ、美味しそう! 見てみよ!」
「うん」
中に進んでいく。
しかし、中は狭く、人混みが多くて進みづらい。
……不意に、距離が離れてしまった。
「あっ、天羽さん」
咄嗟に、僕は、天羽さんの手を握る。そして、引き寄せ、背中に手を添える形で、くっついた。
「ひ、人混み、すごいから」
「……うん」
「………行こう」
「うん!」
と。天羽さんは、くっついてから終始、目尻を緩ませて優しい笑顔で、嬉しそうに頷いた。
人混みを通るためとは言え、密着しているから当たり前だけど、今までで一番近い距離で歩いている。肩が触れ合っている。そう、これは人混みを通るために必要な事だ。決して、肩の感触を楽しむためではない。人混みを通るために止むを得ない事。そう分かっているのに、どうしてもお店ではなく肩に意識が集中してしまう。
「石上くん、あれ美味しそう!」
「えっ!? ど、どれ?」
呼ばれて意識を戻し、天羽さんの指さす方を見る。
そこは、牧場採れたての牛乳を使用したソフトクリーム屋。ミルクかチョコを選べる。
「どっちも美味しそう!」
「だね。迷っちゃうよ」
見ながら思う。僕は、迷わず選ぶ好きな味というのが無い。だからこういう2択を選ぶのに時間が掛かってしまう。ならば2つとも注文すればいいんだろうけど、まだ高校生だからそこまで財布に余裕は無い。だから選ぶ必要があるのだが、むしろ、この悩む時間が長くなって天羽さんに迷惑をかけてしまわないかと考えてしまう。優柔不断は中々治らない。
「2つとも食べれたらいいのにな」
そんな都合の良い事を呟いてしまった。
「……よし、決めたよ! 私はチョコ!」
「もう決めたんだね」
「うん。だから石上くんはミルクにしようよ」
「えっ? どうして……」
「どうしてって……私の分、ちょこっと食べれば、2つとも食べれるよ?」
「おお、良いね。ありがとう!」
「えへへへ」
天羽さんが素敵な提案をしてくれた。これでチョコも楽しめる。
「すみません、チョコとミルクください!」
そうして、僕らは店員のお兄さんに注文した。すると、ソフトクリームはすぐに巻かれた。
「へいお待ち! まずはチョコね!」
そこで、店員さんが天羽さんにソフトを渡す。スプーンは一つ。
受け取った天羽さんは、そのスプーンを掬って、僕に向ける。……これは、つまり。
「あの、天羽さん。これは、あーんという奴ですか?」
「う、うん。その通りだよ」
「……」
僕に分ける方法は他にもあるけれど、天羽さんは、これをやる意味を分かってて、敢えて選んでいる。
これでは、まるで、付き合っているカップルみたいだ。別に嫌ではない。むしろ嬉しい。ただ、驚いて固まっただけだ。
「さ。溶けちゃうから。早く」
「わ、分かった。溶けるなら、仕方ないね」
心の準備をしている時間は無い。何とか、よく分からない焦燥感を持って、意を決し、口を開け───
「へいお待ち! サービスで、チョコもちょこっと乗せといたよ!」
「……あ。はい」
店員さん。感謝と迷惑が相殺して虚無になりましたよ。
◆◇◆◇◆
フェアを離れ、人混みの少ない壁際で、僕と天羽さんはソフトクリームを堪能した。ソフトが冷たいお陰なのか、頭の熱が冷めた感じになってきた。やれやれ、天羽さんが予想外にドキドキさせてきて、嬉しいやら嬉しいやら分からないや。
「うええええん」
食べていると……僕らの前を、泣いて歩いている子どもが、転んで、また泣いた。しかし近くに親らしき人はいない。
「大丈夫?」
ソフトを先に食べきった僕は、その子どもに近付く。目線の高さまでしゃがんで話しかける。
「ええええええん。ふえええ」
しかし、泣き止まない。僕の目も見てくれない。大泣きだ。
でも、間違いなく言えるのは、迷子である事。こういう場合、お店の人に任せれば、店内放送で親に知らせてくれる。しかし、その場所に行くためには、ある程度は泣き止ます必要がある。僕のような赤の他人に出来る事があるとすれば、それぐらい。しかし、それすら難しい。どうする……。
と、考えていると、天羽さんが僕と同じく子どもの目線の高さまでしゃがんで、僕の目を見て、そして、笑顔で頷く。
「任せて」
何か策があるようだ。
「こんにちは〜。どうしたのかな〜?」
天羽さんが、子どもに優しく話しかける。しかし、子どもは目を少し開けたものの、泣くのは治まっていない。
「大丈夫〜? お姉ちゃんに言ってみて〜」
頭を撫でて言う。しかし、涙は溢れるばかり。
しかし、天羽さんは諦めない。トートバッグからラップに包まれたパンを取り出す。形を見ただけで分かる。それは、天羽さんお手製のあんぱん。
「石上くんには、また今度あげるから」
「え? あ、うん」
曖昧な返事で固まっている間に、天羽さんは帽子を被り直し、子どもの方を向く。
「じゃじゃーん! ほら見て!」
子どもに帽子を取って見せる。すると、その頭の上に、先程のパンが乗っていた。
子どもは、少し泣き止んで、不思議そうにパンを見ている。
「あげる! 食べると元気になるよ!」
「ほ、ほんとう?」
「うん!」
天羽さんの笑顔に、子どもも笑顔で返し、あんぱんを一口。それは、ぎっしり詰まったあんこが口の中に広がる食べ心地。それを堪能した子どもは、やはりと言うべきか、目をカッと見開く。
「んんんんおいしー! あんぱん!」
飛んで喜ぶほどに、気に入ったようで。また一口、また一口と、バクバク食べて、あっという間に完食してしまった。
「ありがとう! ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした! 元気になったかな?」
「ん!」
「よし! じゃあ、ママを探すよ!」
「ほんと? やったー!」
「このお兄ちゃんも探すよ!」
「うん、僕も手伝うよ」
「やったやったー!」
と。元気になった子どもと、天羽さんは手を繋いで歩く。僕は、トヨカドの総合案内所を探して、案内していく。天羽さんは超方向音痴だからね。
「あっ! いた!」
「ママ! ママ〜!」
ふと。案内所が見えた所で、その子の母親らしき人が駆け寄ってくる。
見つかって良かった。その安堵した一息を、僕と天羽さんは2人一緒にして、2人して笑った。
◆◇◆◇◆
そうして、デート再開。
何となく立ち寄った陶器コーナーを見ながら、話が続く。
「天羽さん、泣き止ませるのが上手だったね」
「ありがと! 上手くいくかドキドキしてたけどね」
「そうなんだ。でも、何度か経験があるように見えたよ?」
「ううん。初めて。あれはね、ママの真似」
……お産の時に亡くなっている、お母様の。
僕がそう心の中で付け足して察しているのを、天羽さんは目から察してくれた。
「パパから聞いた話でね、ママは昔から、目の前で何か困ってる人にはパンをあげて笑顔にさせていたの。パパがお仕事で悩んでる時も、パンで励ましてたんだって。かっこいい人だな〜、私もそんな感じになりたいな、って思って、パン屋さんに憧れるようになったの」
初めて明かされる、天羽さんの夢のきっかけ。天羽さんの原動力が、お母様の人柄だった。親がそうだったと聞いただけで実際に会えていない。でも、お母様の生き様に憧れて本当に行動している。
天羽さんもまた、人の幸せを願える人。
「……きれいだね。心が、とっても」
「でしょ! そう思うよね!」
「うん。お母様も……天羽さんも」
「えっ、そう?」
「うん。人の幸せのために行動できて、その人と一緒に笑顔になれる……天羽さんは関わる人皆を幸せにする素敵な人だよ」
「っ……そんなに……照れるよ」
天羽さんが頬に両手を当てて、うーうーと唸る。
「なんだか、今日の石上くん、すごいドキドキする事言ってくれるね。びっくりしちゃった」
「そうかな。いつも思っている事を口にしてるから、かな」
「……いつも、なんだね」
「うん」
そう。いつも、天羽さんは、関わる人の笑顔のために頑張れて、その人が笑顔だと一緒に笑う。その時、最高に可愛い笑顔になる。
前から、思っていた。
僕が初めて一口アップルパイを食べて笑顔になった時も。
学校帰りの人がおやつに欲しくなるパンを僕や片桐や苺谷さんが試食して、その美味しさに驚いた時も。
梅次さんに、パンのお陰でお腹の赤ちゃんが生きていられる事を感謝された時も。
おはようの挨拶をするたび。
目と目を合わせるたび。
いつも、一緒に笑ってくれる。
そんな君だから。
好きだ。
……なんて言葉を、ふらふら歩いてるお店の中で、告白するタイミングなのか、ちょっと考えて。
「……」
チクリと不安が浮かぶ。
果たして。
人を幸せにする天羽さんを、僕は幸せに出来るのか。
僕は、未来に自信が持てていない。頭は悪いし、顔も良くないし、優柔不断だし。かっこ悪い男が、僕だ。
何か、そういう自信のつく何かが、あと一つ欲しい。そうすれば、僕はこの女の子に、好きだと告白する事が出来るのだろう。
「……石上くん。ありがとう」
「……うん」
再び、僕らは静かに、一歩一歩と歩く。
◆◇◆◇◆
帰り道。地元の駅のホーム。掲示板に、夏祭りの広告が。
「行ってみたいな。石上くんと」
天羽さんが、視線を下に、少し合わせて、また下に。よく見ると肩が震えている。恥ずかしくても、天羽は勇気を出して言ったのだ。
忘れもしない鮮明な夢を思い返す。浴衣に、髪はお団子にして簪を刺してあった。目元にアイラインの化粧をして。夢は白黒世界なので色は不明だが、きっと色彩鮮やかに美しくなっているのは間違いない。僕のために。その姿を僕のために準備してくれる事を。学校帰りに遊ぶ事とは違う、今日のようにわざわざ日程を合わせて、お洒落して、僕のためだけに見てもらう事を、天羽さんの方から言った。
天羽さんは、僕のために頑張って、浴衣姿を僕に見せようとしている。
苺谷さんも、僕のために頑張って、平和な時間を確保してくれている。
……じゃあ、僕は? 天羽さんや苺谷さんに任せきりで……甘えているのでは? 何でもかんでも他の人の力で幸せが巡る訳ではない。
他人から貰う幸せより、自分の手で幸せを掴まないと。でなきゃ、僕の見たい天羽さんの極上の笑顔は見られない。
己の理想の未来の為。
好きな女の子の笑顔の為。
たとえ自分で自分をかっこ悪いと思っていても。
今から。
掴め。
自分の手で。
「……僕も。行きたい」
僕は立ち止まって、天羽さんと面を向かって、言う。
「僕も。行きたい。一緒に行って、天羽さんの笑顔をいっぱい見たい」
至近距離だから聞こえていると分かっているから意味が無いと分かっているけれど、もう一度、もっとはきはきと聞き取りやすく言った。
「……ふふふふ。嬉しい。楽しみだよ」
すると、天羽さんはぽつりと言い、そして、くしゃりと笑った。
「うん。僕もだよ」
天羽さんは、きっと今、浴衣や化粧をめいっぱい頑張って僕を驚かせてみせる、というようなワクワクする事を考えている笑顔だ。
僕も楽しみだ。何色なのか。どんな会話が弾むのか。ワクワクが止まらない。
でも。本当に言いたいのは、次。
───コッ コッ
天羽さんが帰路に戻ろうと数歩進むが、しかし、僕が立ち止まっている事に気付くと、再び目を合わせた。
「石上くん? どうしたの?」
「……」
今。
思っている事を、ありのまま伝えよう。
自分の手で幸せを掴め。心から思う今なら。
「天羽さん。聞いてくれる?」
「……うん」
「あのね……僕、人の幸せのために頑張れる天羽さんの、笑顔が見たい。そんな君だから、幸せにしたい。今出来ることは少ないけれど、これから先、どんな事があっても、幸せにする。だから……」
深く息を吸う。
「僕と付き合ってください」
告白。僕と天羽さんの未来をどうしていきたいかを、やっと言えた。
天羽さんは、口をギュッと閉じ、目を何とか頑張って逸らさないようにしているようで。僕の本当の気持ちを、全て受け取ろうとしているようで。
健気で素直な君が、愛おしくて。
「……石上くん」
天羽さんの両手が、僕の両手を包んだ。
「私で良ければ、宜しくお願いします」




