36話 心が軽くなった
その後、チャイムが鳴り、僕らは急いで教室へ向かう。
「また今度聞くから」
「そう言われても……分からない事ばっかりだよ」
◆◇◆◇◆
その後、時間にして3時間くらい。放課後。
火災の日に一度来たカラオケ屋に、僕は入っていく。
苺谷さんからメールが来た。
もう、通り魔を特定できたらしい。
……展開が早い。僕の下手な絵でよく探せたと思う。もう、激しく賞賛したい。
───カチャ
「お待たせ」
「ううん、今来たとこ」
カラオケ部屋に入ると、苺谷さんが既にいた。今来たと言いながらドリンクバーのいちごオレを飲んでいるのは、スルーすべきかツッコミを入れるべきか悩ましい。
「……さてと。例の人物の写真が、これ」
苺谷さんが鞄から写真を3枚ほど出してテーブルに並べる。
顔のドアップ写真、横顔の写真、身長の分かる全体写真。
「この人だ。間違いない。だけど、よくあの下手な絵で分かったね」
「お兄と探偵さんがガチめにスゴいから」
苺谷さんが誇らしげに口角を片方だけ上げて笑う。本当に、誇っていいと思う。
「……で。今のところ分かっているのは、顔と名前と住所と職場。事務員として誠実に働いていてる。余罪は無く、今捕まえる事は出来ない」
「……そっか」
「だから、お兄たちはね、この人の交友関係とか、黒幕がいるかを調べてる。この人の家に、盗聴器やらサーモグラフィーやら金属探知機やらを付ける予定で、まだ───」
「えっ!? な、何て!?」
あまりに現実離れしたキーワードに耳を疑い、僕は苺谷さんの説明を遮ってしまった。
「だから。盗聴器、サーモグラフィー、金属探知機を、家に付ける予定」
「……逆に捕まったりしないの?」
「バレたら捕まる。3年くらい牢屋行き」
「そ、それはダメだよ! いくら何でも!」
「石上くん」
苺谷さんが、険しい目力で、僕を射抜く。
「私も同じ事を心配した。でも、お兄が言ってた。人様の命を守れるなら捕まっても構わない、って。今回は特に、常識を覆して行動しないといけないから」
と。言葉では理解できるけど、それで良いのかと。本当に、お兄さんにそこまでさせて良いのかと、僕自身の不甲斐なさが浮き彫りに感じる。
「石上くん。今後、その人物が花恵ちゃんや石上くんに1キロメートル以内に接近したり、刃物を持って外出したら、石上くんに連絡する。だから……何も気にせず、花恵ちゃんの傍にいて。私も、お兄も、探偵さんも、花恵ちゃんの幸せを守るために動いているけれど、同じくらい石上くんが幸せになってほしいと思っているから」
「……」
言われて、気付かされる。
僕の、幸せのため。
天羽さんを守る事に集中していて、いつの間にか後回しにしていた。
……良いのだろうか。
「良いのかな。皆の努力の上で成り立つ幸せで」
「……優しいね。でも、今は、良いんだよ。何度も言うけど、大人になったら子ども達を支えてあげなさい、だよ」
ふっ、と。過去にも何度も聞いたその言葉が、ようやく、全身に満たされた感じがした。
天羽さんと過ごすために、何かを我慢しなくても良いんだと。不甲斐ないままで良いんだと。自分の幸せを望んでも良いんだと。
心が軽くなった。
「……ありがとう。お言葉に甘えさせて頂きます」
「ん。伝えとく」
そう頷いて、苺谷さんは「おかわり」と言って離席。
……。一人、静かになった部屋で、この現実を噛みしめる。
来たる25日後。天羽さんと、夏祭りに行けれる。
夢の中での可愛い姿が見られる。
鼓動が高鳴る。
僕と天羽さんが肩を寄せ合って。……寄せ合って?
「あ」
じわりと気付く。夢での天羽さんは、人前で、僕の腕に抱きついていた。僕も慣れた足並みで歩いている所から夢が始まった。つまり……、夏祭りの日に告白ではなく、その何日か前に告白。これからどうなるかの終着点は分かっているが、その経路が謎に包まれているまま。いつ、どこで、どんな話題で……告白って、何て言えばいいのだろうか。
「……石上くん。髪をくしゃくしゃにして何してんの?」
無い頭をフル回転させている変な姿を、おかわりから戻ってきた苺谷さんに見られてしまった。
◆◇◆◇◆
「なるほど。それで悩んでたのね」
苺谷さんに、一通りを説明。僕も落ち着かせようと、ドリンクバーで汲んできた緑茶を一口すする。
「石上くん。花恵ちゃんと付き合えるんだね。おめでとう」
「あ、ありがとう。まだだけどね」
「近いうちにそうなるから。努力が実って良かったね」
「うん……そうだね」
そう言って、苺谷さんがいちごオレを飲んで……声のトーンを低くして言ってきた。
「ところで告白する場所は?」
「……」
「まさかノープラン? 候補の一つも無いの?」
「あ、あの、苺谷さん?」
ジト目が刺さって心が痛い。
何て言うか、どこで言うか、色々考えてる最中だけど、候補の一つも出ていない。
「……まだ」
「はぁぁ〜」
大きく溜め息を吐き、額に手を当て下を向く。
「まぁ。百歩譲って、そのまま何も準備せずその場の勢いで告白してもね、両想いだからどうせ成功すると思う。でも。でもね? 女の子は誰だって、告白のシチュエーションとか、頑張ってくれた背景をずっと覚えてるもんなの」
普段口数の少ない苺谷さんが、ここまで熱弁している。僕の想像を超えるレベルに大事な事だ。
「告白の言葉もシチュエーションも、花恵ちゃんに何度も思い出してもらって、幸せを噛み締めてほしいって……思うでしょ?」
「思う!」
「ん。じゃあ、告白の特訓をするよ」
「………え?」
告白の、特訓?




