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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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34話 どんな顔で会えばいいのだろう

 あれからすぐ、お父様がお手洗いに行ったタイミングで、僕は全速力で走って帰宅してベッド直行。今に至る。

 今でも鮮明に思い出せる。天羽さんが艶やかな唇を僕へ向けて……ああ思い出すだけで嬉し恥ずかしで熱くなる。

 ……明日の学校、天羽さんにどんな顔で会えばいいのだろう。会いたいけど、目を合わせるのは時間が掛かりそうだ。目を見ると、またさっきの続きをしたいって気持ちが天羽さんにバレてしまいそうで。学校では絶対に恥ずかしい。だからと言って学校じゃない人目のつかない所なら良いという事じゃなく。

 ふぅ。と、深呼吸。しかし、落ち着こうと思っても、あの目を閉じた顔が脳裏から離れない。

 ああ。こんなにも分かりやすく天羽さんが待っていると自覚しているのに、まだ告白も出来ていないなんて。情けない。告白できる勇気が、もっと欲しい……。



◆◇◆◇◆



 ふと気付くと、そこは浴衣を着た人が多いお祭り会場。人も屋台も……全てが白黒。あの夢だ。

 天羽さんは……居た。僕のすぐ右隣に。と言うか、僕の右腕を抱き締めている。……強くまばたきして何度も確認した。間違いない。抱き締められている。抱き着かれている。


駆馬(かるま)くん?」


 僕の様子を不思議そうに、しかし楽しそうに、天羽さんは微笑んで顔を見てくる。

 瞬間、息を飲んだ。

 目元にアイラインの化粧をして。口紅が塗られ、艶やかな唇をさらに魅力的に仕上げて。髪はお団子にして透き通ったガラス細工の玉が付いた簪を刺して。花柄の浴衣を着て。

 夢だと白黒だから色は分からないけど、白や黒の濃度が微妙に違う。きっと色彩鮮やかに美しくなっているのは間違いない。


「本当に、天羽さん?」

「ふふ、それ何回目? ふふふ」


 どうやら未来の僕は何度も同じ質問をするようだ。


「それより、駆馬くん。急に天羽さんだなんて、どうしたの?」

「えっ、どういう事?」

「だって、花恵(はなえ)さんって呼んでくれてたじゃん」

「……へ?」


 そうか、さっきから天羽さんは僕を下の名前で呼んでくれていた。

 ……と言うか。僕は、近い未来で、天羽さんと付き合って、下の名前で呼び合って、人前でもくっ付いていられる程、距離を縮めるのか。僕からここまでお願いするのかな。もしくは天羽さんから? こんなに積極的に人前でも恥ずかしい事が出来るようなら、可能性はある。と言うか、いつ、どっちから告白したんだろう。もしかしたら、天羽さんの方から告白してくるのかな。そうだとしたら、ちょっと情けない。

 と。考えていた、その時───


───ドンッ


 急に、後ろから衝撃。僕と天羽さんは、よろめいて倒れる。

 見ると、帽子とマスクで顔を隠した人がぶつかってきた。しかし、謝る事もなく、それどころか……僕を睨む。その瞳の奥が、僕の全身を凍りつかせるように、暗い。夢だから死ぬ訳がないと分かっているのに。足が凍り付いたようで力が入らない。これでは追い掛けられない。

 ……と、その時。視界の端で、黒い水溜まりが広がっている事を見つける。天羽さんの首に、ナイフのような物が、刺さっていた。


「天羽さん!」

「っ! っ!」


 天羽さんの息が荒い。

 綺麗な浴衣も、化粧した顔も、黒で染まっていく。

 僕は、震えながら、まだ黒に染まっていない左手薬指の爪を見る。あと20秒。病院に連れていく時間も無い。ここに医者が居ても、助からない。


「……ふ」


 天羽さんは、薄れる意識の最期に、僕を見て、小さく微笑み、ゆっくり瞳を閉じた。




「ああああああああっ!」


 叫ぶ。

 しかし、辺りに色があり、見慣れた自分の部屋だと気付く。僕は叫びながら自室のベッドで目を覚ましたようだ。

 まだ、手の震えは続いている。

 天羽さんが死ぬ夢は、もう何度も見たのに。見慣れてはいないけれど、見るたびに僕は絶対に守ってみせると前向きに奮い立たせてこれた。なのに、今回はそれが無い。

 何かが、違う。



◆◇◆◇◆



「……なるほど。25日後の夜、夏祭りで不審者に刺される、ね」


 僕は、制服を着て、学校に向かいながら、苺谷さんに電話していく。


「石上くん。今回は守れない可能性が高い」

「えっ!? どうして……」

「今までは不慮の事故。悪意があるものじゃなかった。でも、今回は悪意を持っている。その人の行動が予測できない。私の仲間が何人見張っていても、取り押さえようと近付いても、人混みに紛れてすり抜けて花恵ちゃんを狙う。……いいえ、本当に花恵ちゃんだけを狙っているのかも疑わしい。もしかしたら、石上くんを刺す可能性もある」

「僕も……」


 僕が死ぬかもしれない。そう思うと、あの冷たい瞳を思い出し、歩きが止まる。今朝の震えは、こういう事だったのか。今まで僕自身が死ぬ未来は無かったから。


「……とにかく。今回は、夏祭りに行かない方がいいと思う」

「…………そうだね。ありがとう」

「ん。じゃ、またね」


 電話が切れる。

 道路に根が張ったように動けない。

 ふつふつと。疑問の嵐が起こる。なぜ。楽しいはずのデートを、我慢しなきゃならないのか。デートに誘う事が間違いだったのか。いいや、そんな訳ない。その不審者が悪い。捕まえればいい。

 しかし、どうやって。また夢を見た時に、帽子とマスクを外せば人相が分かる。そんな事出来るのか? 

 ……いいや、出来ない。

 僕は、夢の中の天羽さんを、一度も守れた事がない。見るたびに、全て、死ぬのを見届けてきた。

 もう何度もやった。夢を見るたびに。けれど、夢が始まるタイミングから何をしてもどうしようもなかった。


 ……今日の学校、天羽さんにどんな顔で会えばいいのだろう。

 昨日と同じ事を思った。でも、今日の方が難しい。僕一人の気持ちの整理で済む事ではない。


「……天羽さん」

「何?」

「うわはっ!?」


 後ろから突然、天羽さんの声が聞こえて、驚いて声が裏返ってしまった。


「そ、そんなにびっくりした?」

「うん。だって、天羽さん、いつも車で」

「パパが送ってくれてたよ。昨日まで。今日から歩いて行く事にしたの」


 僕の隣に立ち、栗色の長い髪をサラリと垂らして、僕の目を見て……右手を握り…


「私を待っててくれたのかな? って思っちゃったけど、違った?」

「……待ってたのは、違う。でも、天羽さんの事を考えてた」

「っ、そっかぁ。ふふ、嬉しいな。ふふふ」


 笑って、天羽さんは一歩前へ。


「行こ?」

「……うん」


 僕も、一歩踏み出した。

 一瞬だけ。手の震えや、足が凍り付いているのを気付かれたくなくて。手を離すべきかを考えてしまったが。

 天羽さんの笑顔で、震えも凍り付きも無くなった。

 僕だけに見せてくれる笑顔。

 僕と居られてほころぶ笑顔。

 僕の心を温めてくれる笑顔。

 特別で大切で守りたい笑顔。


 ……迷いは晴れない。だけど。この笑顔は、守らなくちゃ。

 その変わらない一心で、一歩踏み出せた。

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