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花恵さんの寿命が見える  作者: せんたいしょう


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30話 あっという間に感じる


 それから、2週間。僕は、死の景色を何度も見た。その度に、苺谷さんに相談して、お兄さんが迅速に対応していった。

 土を積んだトラックの横転で土に飲まれる事故は、当日その場所にカラーコーンを置いて歩行者が誰も来ないように。警備員を配置して交通規制をかけてスピードが出ないようにしていた。万事解決。

 他にも。マンションの5階から窓用エアコンが落ちてきて当たる事故は、やっぱり当日その場所にカラーコーンを置いて歩行者が誰も来ないようにするのと、クッションを大量に置いて、落ちてきたエアコンが壊れないようにした……らしい。万事解決。

 他にも。アクセルとブレーキの踏み間違いでコンビニの駐車場から車が来る事故は、その車のナンバーから持ち主を特定し、踏み間違い防止装置を無償でプレゼントした……らしい。万事解決。

 ……何だろう。天羽さんを守るだけじゃなくて、加害者を加害者にさせていない。お兄さんの行動力が凄すぎて、いつか会った時には「ボス」と呼ばせていただこうと思った2週間だった。


 ……その間、僕はと言うと。


「ただいま」

「おかえり」


 パンの配達を終えて、パン生地を捏ねている天羽さんのいるキッチンへ戻ると、お互いに目を合わせて、見つめ合い微笑む。ほんの少しの時間だけど、僕は何とか平常心を保って笑顔を返す事が出来るようになっていた。


「お疲れ様。暑かったでしょ?」

「うん。まだまだ暑いね」

「だね。ゆっくり休んでね」

「ありがとう」


 ひと仕事終えた僕は、次の配達まで椅子に腰掛ける。天羽さんが、冷蔵庫から冷えたボトルを出して、コップに麦茶を注いでくれる。そして、また僕らは目を見て、笑顔でやり取りをする。ああ、もうそれだけで疲れは取れたよ。

 ……しかし、まぁ。随分とたくさん笑顔を見られるようになって。死の景色から身を呈して守る事が無くなって、一緒にいられる時間が増えてから、こんな事を考えるようになった。


 もう少し、一緒にいたい。


 せっかく、苺谷さんのおかげで、天羽さんも他の人たちも平和な日々を過ごせるんだ。今まで僕が身を呈していたのが、どうやら心の中で自分自身の本音に蓋をしていたようで。ようやく、本音に忠実に、天羽さんの笑顔を見つめられる事に時間を掛けていける。

 でも、時間が経つのがあっという間に感じる。日が沈めば配達も出来なくなり、僕は自宅に帰っている。それが普通だ。さすがに、泊まる事は天羽さんも困ると思うし、お父様やお祖母様だってゆっくり出来なくなる。……いやいや、何て事を考えているんだ僕は。まだ僕らは高校生。まだ僕らは付き合ってもいない。……まだ。今は。


「……」


 深呼吸。冷静になれ。

 あの火災を止めた日に電車の中で聞いてから、もう分かっている。

 天羽さんは、僕の事が好きで、一緒にいたい。

 僕も、天羽さんが好きで、一緒にいたい。


 ……これ以上を望む必要は、あるのだろうか。


 僕は、天羽さんが笑顔になってくれる事や、目を合わせていられる事で、心が満たされている。

 世間一般的にいう、付き合うとか、ハグとか……キスとか……そういうのは、刺激が強すぎる。信号機が倒れた日に一瞬抱き合ったけど、あれはとても心臓が耐えられなかった。もう一度なんてとてもとても。……なのに、やってみたい気持ちが少しあるから、悩みが消えない。

 それに、やってみたい気持ちが天羽さんにどれくらいあるのかも大切で。だからといって気軽に聞ける内容でもない。やってみないと分からないけど、いざやってみて、もしも天羽さんが無理して我慢して僕に合わせてしまう……なんて事は、僕は嫌だ。僕はただ、天羽さんに笑っていて欲しいから。


「石上くん?」

「えっ? な、何?」

「疲れてないかなぁ、って」

「ううん、大丈夫。ちょっと、考え事をね」

「考え事?」

「……うん。時間が経つのがあっという間だな、って」


 嘘は言ってない。


「そっか。……うん、そうだね」


 目が、合う。……何となく、嬉しい時の目尻とは違って、目尻が穏やかでまばたきが多い。嬉しいけれど、少しだけ嬉しくない事を考えているような。……もしかして、天羽さんも、僕ともう少し一緒にいたいと、思っているのだろうか。

 もしそうなら、すごくすごく嬉しいんだけどな。



───ガシャアアア


「ひゃああっ! な、何? 誰?」


 突然、何かが落ちる音が隣の部屋から聞こえた。

 もしかして、泥棒? 天羽さんが、そんな事を考えているように小さく震えている。

 ……僕が、守ってみせる。

 手元にあった配達用リュックを盾にして、僕は物音を立てないように近付く。

 そして、その部屋を見る。

 そこは、お父様の書斎。大きな棚に難しそうな本がびっしり埋まっている。濃い色の木の机が一つ。仕事の部屋だったり、勉強に使われているような部屋だ。

 電気は付いていない。しかし、よく見ると、部屋の床一面に、ジグソーパズルがばら撒かれているのと、額縁(がくぶち)が落ちている。

 この中に……泥棒がいるのか?


「……」


 秒針の音と、天羽さんが後ろからおそるおそる近付いてくる音だけ。泥棒の気配は無い。

 僕はゆっくりと中に入り、カーテンや窓を調べてみるが、侵入した形跡は無い。


「天羽さん。誰もいないよ」

「……ほ、本当?」

「うん」

「……そっかぁ。良かった。はぁぁぁ……」


 と。天羽さんは壁に寄りかかる。

 しかし問題はまだある。足元に散らばる何かを調べるために、僕は、部屋の照明の電源に触れる。


「電気つけるよ」

「うん」

「……うわ。ヤバいね。これ」


 それは、ジグソーパズル。額縁が本棚に当たりながら落ちたようで、床に散らばっていたり、本棚の下の隙間に入っていたりしている。半分くらいのピースは繋がったままだけど、それでも酷い状態だ。


「パパのジグソーパズル……落ちちゃったみたい。だいぶ古いから、紐が切れちゃったのかな」

「……もしかして、大事なやつ?」

「うん。ママと一緒に行った……たしか、アザレア畑の写真から作ったみたい」


 めっちゃ大事な物だった。きっとこれを見たらお父様は悲しむはず。帰ってくるまでに修復しなければ。


「……直そう。天羽さん、お父様は何時くらいに帰ってくる?」

「えっと……夜の7時くらい。あと3時間だけど、でも、良いの? 石上くんが無理しないでいいのに」

「いいよ。だって、好きな人とは、ずっと一緒にいたいじゃん。繋がりは……壊されたくない」


 そう。お父様にとって、亡きお母様と一緒にいられる物は、どれも貴重だ。好きで結婚したのに死に別れている。もうそれ以上離れさせてはいけない。……勝手ながらに僕ならそう思う。


「……ありがとう。石上くん。一緒に直そ。私もやるよ」

「天羽さん……ありがとう。助かるよ」

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