29話 ゆっくり時間を掛けて
「天羽さんっ!」
僕は、天羽さんを廊下で呼び止める。
天羽さんは驚いて少し浮き、ゆっくりと振り返る。目が合うと、天羽さんの目元が少し緩んだ。
「石上くん。おはよう」
「お、おはよう。あの、その……」
いざ目の前にすると、さっきまで考えていた言葉が詰まってしまった。昨日の天羽さんの落ち込んだ顔が、記憶に新しい。もうそんな事させたくないのに。天羽さんの幸せな日常を守りつつ、夢で見た危ない現象を早急に排除。その両立の難しさを身を持って知ったから、またそんな事をさせてしまわないかと自分に自信が持てなくて。
天羽さん……君を守れる強さを持っていない僕が、何て言えば安心させられるのだろうか……。
「石上くん」
優しい呼び掛けに、僕は顔を上げる。
天羽さんは、僕に微笑みながら……
「……」
「……」
何だろう。何も言わないのかな?
「あ、天羽さん。どうしたの?」
「……ん〜ん」
軽く首を振り、そしてまた何も言わず目を合わせている。
「……」
「……」
でも、何となく。天羽さんは、このやり取りを、楽しんでいるような。そんな温かさを感じた。
「……あの。そろそろ行こ」
「……うん。分かった。続きは、また後でね」
「えっ? そ、そんなに楽しかった?」
「うん! 石上くんの目を見てると、楽しいよ」
「そ、そっか……僕も同じだよ」
「えへへ。良かった」
2人で隣り合って廊下を歩く。
このままでは教室に着く。その前に、これだけは言わないと。
「あ、天羽さん」
「何?」
「昨日は、長く一緒にいられなくて、ごめんね」
「ううん、私の方こそ、ごめんね。色々と、あれこれ困らせちゃったし」
「あれこれ……うん。びっくりしたけど、でもね、もう大丈夫。これからは、ゆっくり時間を掛けて、天羽さんを見ていくから」
そう言うと、天羽さんは立ち止まる。
「……ふふ。分かった。ちょっとずつ、お洒落していくからね」
「お、お……お手柔らかにお願いします」
ゆっくり時間を掛けて、段階を踏んで平常心を鍛えていこう。僕はそう心に誓った。




