27話 口が固いけど
力の無い足を引きずるように進み、騒ぎの少ない静かなビルの隙間へ、僕は崩れるようにもたれた。気力が抜けて体が重い。日照りの暑い中を走った事や精神的な疲労がどっと押し寄せてきて、心の中は冷えきっているようだ。
これからどうする。どんな顔で会えばいい。
「石上くん」
苺谷さんの声が。
「私見てた。なぜか君は花恵ちゃんと帰って、君だけがここに来て、火事をすぐ止めた。まるで、火事が起きるのを分かりきってたように、迷いが無かった。君、本当に何者なの?」
僕は、すぐには苺谷さんの顔を見られなかった。
◆◇◆◇◆
場所は変わり、僕と苺谷さんは今、カラオケ店にいる。
「ここなら誰にも聞かれない。飲み物も飲めるし」
そう言って苺谷さんはいちごオレを飲みながら、僕を見据える。
「言っておくけど、私は口が固いから」
「……どれくらい?」
「花恵ちゃんの秘密を、沢山知ってるけど誰にも言ってない」
「…何それ気になる」
「ダメ。絶対言わない」
沈黙。まぁ、冗談はさておき。
「今の状況もね、花恵ちゃんにも鈴子ちゃんにも言ってない。……そもそも駅の待ち合わせとかを教えたのも誰にも言ってない。私は、口が固いけど、その情報は頑張ってる人を支える為に使うようにしてる。……話す話さないは好きにしていいけどね」
そこまで言って、いちごオレを一口。そして沈黙。
僕を悪いようにしないという信頼の証明。
確かに、待ち合わせ時間や、どこで買い物をしているのかを苺谷さんが教えてくれたから、今日は天羽さんと素敵な時間を過ごせたし、火災を止められた。僕が誰にも言ってないのに、必要な情報を必要なタイミングで。
……少し。ほんの少しだけ、支えてもらってみようか。そう思える芯が、苺谷さんにある。
「……聞いてくれる?」
「うん」
「……実は───」
僕は、話す。天羽さんの死ぬ時間と、死ぬ場所で何が起こるのかを見られる事を。
こんなありえない話を信じてくれるのか? と、話してる僕自身がなぜか不安になりながら話す。
「……こんな、感じ」
僕は話し終え、烏龍茶を飲み干す。
苺谷は、無言で、腕を組んで天井を眺めている。
「おかわりは?」
無言で頷く。
「同じやつ?」
無言で頷く。
僕は部屋を出て、ドリンクバーに。適当に、緑茶を選ぶ。
苺谷さん、表に出さないけど、驚いてるだろうな。すぐ理解できなくて当然だし。何をどう支えればいいかを答えられるのかな……。逆に心配になってきた。
部屋に戻る。苺谷さんは、変わらず腕を組んでいたが、こちらを見て「ありがとう」と。
コップをテーブルに置くと……
「石上くん。今まで一人でよく頑張ったね」
僕は、目を見開く。
「花恵ちゃんが死ぬ場面を何度も見ながら、花恵ちゃんに気付かれないように、幸せな日常を守り続けるのって、精神的にすり減ると思う。今日みたいに危ない事をすると、余裕が無くなる時もあると思う。……もしかして、この前の雨の日の相合傘も、そんな感じだったかな?」
「……うん。その通りだよ。あれは、歩く時間を変えるためだった。でも、すごいね。そこまで推測して、共感してくれてさ」
「だって、私も同じ気持ちだもん。私がその力に目覚めたらって想像してみたら、石上くんと同じ事をしていたと思う」
いちごオレを一口。
「だから、これからは私も花恵ちゃんを助ける……ううん、石上くんを助けるよ」
「っ!」
初めてだ。普段から無表情な苺谷が、微笑んでくれた。
そして、苺谷さんも同じ気持ちだと、寄り添ってくれた。
僕は、間違ってなかった。ただ、一人で頑張りすぎていたんだ。
「……ありがとう」
僕は、冷えていた心に熱が戻るのを感じた。




