22話 落ち着け僕
6h
当日。あと6時間後に火災が起きるその場所へ天羽さんが向かう。それを止めるために、僕は今、家から近い駅の物陰にいる。待ち合わせ広場には、苺谷さんと涼風さんが私服姿で話し合っている。間違いなく、あの場所に天羽さんは来る。苺谷さんがくれたメモの通りだ。
僕は今日、この距離を保って、尾行をしていくつもりだ。マスクと伊達メガネで変装しているから、遠ければバレない。……はず。
「お待たせ!」
声の方を見ると。
青いキャップに、シュシュで纏めたポニーテール。目元に化粧、上は白色のフリル付きブラウスに、下は紺色のストレートデニムと、桃色のスニーカー。女子同士で遊びに行く事に合わせた、動きやすそうな格好だ。歩く度に揺れるポニーテールに、いつもと違う活発な雰囲気に、見蕩れてしまった。まずいぞ、この距離を保って追跡するはずが、見蕩れて悶えて動けないとは。しっかりしろ僕!
◆◇◆◇◆
週末という事もあり、それなりに人の多い電車の中。天羽さんと苺谷さんと涼風さんは、3人で並んで座って会話に花を咲かせている。僕は、背を向ける形でその車両の隅で気配を消す。
あと6時間後にカラオケ屋にいる事は知っているが、その途中に行く場所までは分からない。唯一の手がかりは、苺谷さんの教えてくれた、僕に知られたくない何かを天羽さんがやる事。もう、何でもいい。カラオケ屋に入られる前に、行き先を変えられるチャンスがあるなら、そこで食い止めてみせる。
「今日、皆で集まれて丁度良かったね」
「そうだよね! もう1ヶ月前からシフトを決めとかないといけないし!」
「ありがとうね、2人とも。皆で遊ぶ時間を使ってくれて」
聞き耳を立てると、苺谷さん、涼風さん、天羽さんの順に話し声が聞こえた。どうやら、今日は前もって遊ぶ約束をしていたようで、急遽天羽さんが予定を付け加えたようだ。
「良いって事よ! 友達だもん!」
「右に同じく」
「……うん。ありがとう」
「花恵ちゃん。どこが良いって思ったの?」
「え? も、もう話したでしょ?」
「もう一回聞きたい」
「私も聞きたいなぁ〜」
「もう……2人とも」
と。苺谷さんが天羽さんに問い掛けると、会話の雰囲気が何やら変わった。 何を話すのだろう?
「……最初は、倒れてくる信号機から助けてくれて、落ち着くまで頭を撫でてくれたの。本当に嬉して、お礼にアップルパイをあげたら、カピバラざえもんみたいに詰め込んでて可愛いなぁ、って思えたの。まだ、その時は、そこまでなの。でね、相合傘を誘われて、私の歩く速さに合わせてエスコートしてくれて、胸がトクントクンってなった。で、パンの配達を自分から協力してくれて、一緒にいる時間が増えて、トクントクンがもっと大きくなった。……にぶい私でも自覚するほどになったのは、ママに感謝の気持ちを伝えたくなったら代わりに聞いてくれるって言ってもらえてから。そこから、もう本当にドキドキが止まらなくてね。ありがとうを何度でも言いたくなったし、もっと長く居たい、もっと知りたい、もう少し手を繋ぎたいって考えるようになったの。……こんな感じかな」
そこで天羽さんの語りは終わる。
誰の、という主語は一言も言っていないけど、それはまぎれもなく、僕の事だ。天羽さんの本音を聞いてしまった。やばい。心臓の音が大きすぎる。聞こえてしまわないか心配になる。僕の事をそんなふうに想ってくれていたなんて。知れて嬉しいのと盗み聞きして申し訳ないのとが混ざって、身を潜めて喜ぶ事しか出来ない。
「はぁ〜。青春だね。純愛だね。いいぞいいぞ! 今日は、めいっぱい協力するよ!」
「う、うん。ありがとう、2人とも」
……何となく、話の流れから、これからの予定は天羽さんが主役で、涼風さんと苺谷さんがそれに付き合うようだ。天羽さんが2人に一体何を頼んだのか……。
「可愛い服を買って、来週のデートを成功させようね」
「ちょ、文実ちゃん! そんな大きな声で!」
「もう観念しなよ? デート誘われてるんでしょ。あんまり待たせちゃ他の子に行っちゃうかもよ?」
「それは! だ、だめだよ」
「ん〜! 可愛いなぁもう!」
……何……だと。
今日は、僕に可愛く見てもらうために、服を買いに行くのか。こんな幸せな事があっていいのか。一生懸命にお洒落をした天羽さんと、僕が、カピバラざえもんフェアを楽しむ……ああ、想像するだけでも最高なのに。それが想像で終わらず、現実になろうというのか。
ふぅ。落ち着け僕。落ち着かないと、来週のその楽しみが夢で終わる。僕が今日すべき事をもう一度確認しろ。僕のやるべき事は、天羽さん達がカラオケ屋に行く事を阻止して、火災から守る事。偶然を装って行き先を変えるために。この尾行を見つかってはいけないし、不自然にカラオケ屋を遠ざけるのもしてはいけない。難しいミッション。しかし成功すれば最高の褒美が待っている。落ち着け僕。耐えろ心臓。
───プルルルル
止まっていた電車が鳴り、扉が閉まる。そして、動き出す。人が多くなる。これでは聞き耳を立てても……いや、この人混みなら多少チラ見しても見つからないだろう。
「……え?」
いない。先程まで3人が座っていた座席に、他の人がもう既に座っていた。
まさかと思い外を見る。
……真顔の苺谷さんと、目が合う。
何で降りてないの? と言っているようなその冷えた表情に、僕は開いた口が塞がらなかった。
僕のバカ野郎ぉぉぉぉぉ!




