16話 もっと沢山見たい
お祖母様が、口を開いた。
「はい、喜んで」
「……えっ」
「何をそんなに驚くの。断る理由が無いわ」
あまりに呆気なく決まった。緊張感が残っている。
逆に聞きたい。なぜ許可してくれるのか。
そう目線から汲み取ってくれたのか、お祖母様が「そうだねぇ」と言う。
「パンを運ぶ人が欲しいか、花恵に聞いてみたのよ。すると、何て言ったと思う?」
「えっと……欲しい」
「違うの。あの子ったら、要らないって言ったのよ」
「え、ええっ!?」
ダメじゃん! お祖母様、雇っちゃダメじゃん!
「ほっほっほ。まぁそんな顔になさらないで。実はね、過去にもお友達が手伝うよと花恵に言ってくれていて、その度に花恵は、それを断っているの」
……おそらく、苺谷さんや、涼風さん、他にも多くの友達が、声を掛けたのだろう。
「……で、私は思った。1人で全部を頑張る花恵に、駆馬くんは敢えて支えてくれようとしている。花恵本人には何も言わず、求人も何もかけてない所に来て、バイト代も何も知らない状況であっても、働きたいと」
そこでお祖母様は湯呑みを一口すする。
「……駆馬くんは、どうしてそこまで?」
お祖母様が、優しく微笑みながら、僕を見てきた。個人的に本音を聞きたい、そんなニュアンスを感じる。
「僕は、天羽さんの笑顔をもっと見たい。だから、支えたいです」
「そうかそうか。うんうん、良い。良いね」
お祖母様が何度も頷く。
「……さて、と。私からは採用したい。けど、あんたはどうなの? 花恵」
お祖母様が、天羽さんの名前を大きめの声で言う。すると、扉が勝手に開いた。まさか……
「うぅ……」
天羽さんが、ひょっこりと顔だけ出してきた。
目が合い、すぐ逸らしてしまう。何だろう、お祖母様が許可して入ったのに、勝手に家宅侵入したような気分だ。
「……バァバは最初から気付いていたよ。お茶を入れた時から、ね」
もう本当に最初から最後まで聞かれてるじゃん! ああヤバい、笑顔を守りたいだなんて、めっちゃ恥ずかしい事を聞かれてしまった。
……天羽さんは、どう思っているんだろう。気になるけど、顔が合わせられない。
「……さて、と。私は、おいとまするね。駆馬くん、また連絡するよ」
「あ、はい。ありがとうございました」
そうして、お祖母様は、天羽さんと入れ替わるように、外へ出ていった。
天羽さんが、お祖母様の座っていた座布団に正座する。
「……」
「……」
沈黙。どっちにも話したい事があるのに、どっちから話し掛けるか微妙にタイミングが掴めない。
「あ」
天羽さんが、お祖母様が置いていった手紙を見つけてしまった。
そこには、こう書いてある。
天羽美空さんへ
初めまして。花恵さんの同級生の石上駆馬です。
花恵さんがパン屋になる夢のために頑張っている姿に、僕は感銘を受けました。
配達する時に迷ってしまうと聞き、是非とも手伝いたいと思いました。
アルバイトとして雇ってもらえるかのご相談をしたいです。
「……変な事は書いてないよ」
「うん、そうだね」
手紙を読み終わり、それでも、沈黙は続く。
……このままじゃいけない。
死の未来を変えるために。
笑顔をもっと見るために。
「天羽さん」
誠意を見せようと思った、その時。
天羽さんが、微笑んでいた。
見蕩れて、言葉が止まった。
時間にして、ほんの数秒。しかし、時が止まった感覚になる。
もう何度も見ているはずなのに、真正面から、天羽さんの綺麗な瞳や唇、整った栗色のサラサラな髪を、こんなに長く見つめ合うと、どうしても心拍数があがってしまう。
「石上くん」
普段より一層、優しく名前を呼んでくれる。いつも優しいのに、それより更に上を行く。それは、誰にでも見せる優しさとは違うものだと、何となく感じた。
「天羽さん」
僕も、天羽さんのように、いつもとは違う声色で、優しく呼び掛ける。
名前だけ。この会話に、細かいメッセージは言わなくとも伝え合える。なぜかそんな気がしてしまう。
……でも、そろそろ心臓が限界だ。どうにかなってしまう前に、今日言う事を言わないと。
「……天羽さん」
「……はい」
「天羽さんの笑顔を、もっと沢山見たい。だから、手伝わせて」
「……………………うん。ありがとう」
口元を手で覆い、天羽さんは笑って頷いた。