14話 41日
試食会は、そこでお開き。
僕は、帰宅したその日の夜、自室のベッドにごろ寝しながら、左手薬指の数字を見る。
41d
つまり、41日。今までよりも猶予が長い。だが、脅威は脅威。今のうちに把握しておいて間違いないだろう。そういう訳で、爪を額に当てて眠りにつく。
◆◇◆◇◆
……意識が、少しずつ鮮明になってくる。色彩は無く、白と黒と灰色しか存在しない世界。天羽さんが死ぬ世界。たとえ夢でも見たくない。しかし、ここでよく見なければ、現実の天羽さんを守れない。
よく見ろ。この一回で済むように。
「ふふんふ〜ん」
30s
天羽さんは、大きめのリュックを背負って、住宅地を自転車で走っている。学校や自宅から遠い。友達の誰かに会いに行くのか? それにしては動きやすさ重視の服装で、遊びに行くとは思えない。
そんな天羽さんが見通しの悪い十字路に差し掛かると……
───バキッ ガチャッ ドンッ
マンホールが割れ、自転車から放り投げられた先で、上半身を車に轢かれてしまった。
……見たくない。反射的に目を逸らす。すると、その先に、天羽さんのリュックからこぼれた物を見る事になった。それは、僕も見た事がある物。食べた事もある。鶏卵と同じ形の小さい、学校から帰ってお腹を空かせた人がおやつに欲しくなるような、パン。いくつかが袋詰めされているそれが、とても1人で食べる量ではない数で、リュックに入っていたのだ。
◆◇◆◇◆
「天羽さん」
「うん? どうしたの?」
翌日の昼休み。僕は天羽さんの席へ向かう。友達の苺谷さんと涼風さんと談笑している。机を寄せてお弁当を食べ終えたようで、お菓子やら菓子パンやらを並べている。その中には、僕が以前食べた1口アップルパイもある。
「あ、その……」
「石上くんも食べる? 食べる?」
語気から積極的に誘われていると感じる。それを聞いた涼風さんが近くの使われてない椅子をガタガタと寄せてニヤニヤと薄笑いをしている。苺谷さんは菓子パンを頬張りながら僕に親指を立ててグッドサインを出している。
「良いの?」
「もちろん! どうぞ遠慮なく」
天羽さんの元気いっぱいで自信満々な笑顔に撃ち抜かれながら、僕は貴族の花園へと踏み入れる気分で慎重に座る。
色とりどりの菓子がある中、僕は天羽さんのアップルパイを手に取り、頬張る。ああ、何度食べても美味しい。
「美味しい」
「ふふ、良かった」
僕と天羽さんの会話は、それだけ。そこから先に言葉はいらない。目と目を合わせて微笑むだけで、天羽さんが嬉しく思っている事はもう充分伝わっているから。
「ねえねえ石上くん。前にも食べた事あんの?」
「あ、うん」
「ふ〜ん。やっぱりね。何回も食べてきた常連さんみたい」
涼風さんが問う。そんな雰囲気が出てたらしい。
「良いなぁ。知らないと思うけど、これが食べれるなんてラッキーなんだからね」
「ラッキー……?」
涼風さんの言う言葉に、天羽さんは補足しようと目を合わせてきた。
「私のパン屋が、注文が入ってから焼いて届けるのは知ってるよね。たまーに、1ヶ月に1回くらいで、アップルパイの注文があるの。その時の余りをこうして皆におすそ分けしてるんだよ」
「そ! マジでラッキーなのよ!」
苺谷さんも、うんうんと頷く。
そこまでラッキーなものを、最初に助けた日の翌日、9個も食べたのか。
「うん。確かにこれは、1ヶ月に1回のご褒美だね」
「っ……えへへ。嬉しい」
天羽さんが、不意な僕の一言にふにゃりと笑う。
「……甘いねぇ」
「甘いね」
「ちょ、鈴子ちゃんも文実ちゃんも! 何でそんなに優しい目で見てくるの! や、やめてよ! もう! もう!」
ああ。ぷんぷん怒る天羽さん、良き。