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13話 いただきます

 つい先程、泥水に全身を濡らされた僕。これで天羽さんの家に行くのが中止になるかと思ったけど、その予想は外れた。

 

───このまま冷えると風邪引くよ。

───じゃあ、すぐに風呂だな!

───なら、私の家が一番近いし、お風呂使ってよ!


 確か、そんな結論を苺谷さんと片桐と天羽さんが出して。僕は、皆に促されるままにあれよあれよと連れられて、今、天羽さん宅の浴室前の脱衣所にいる、というのが、今回のあらすじ。なるほど分からん。


「天羽さん。今更だけど、本当にいいの?」

「良いよ。石上くんに風邪引いて欲しくない。だから早く濡れた服脱いでね」

「う、うん」


 好きな女の子から服を脱いでと言われるのは、普通の高校生男子には恥ずかしさで口角が上がってしまう。だが、それを見られる心配は無い。今ここは、僕しか居ない。天羽さんは、脱衣所の外、リビングの方にいるから、扉越しに会話だけ出来ている。


「石上くんは何も遠慮しないでいいからね。お湯もシャンプーも、棚にあるタオルも好きに使っていいし、パパの服になっちゃうけど後で着替え持ってくるからね。ゆっくり温まってね」

「あ、うん。ありがとう」


 ありがたいけど、そこじゃないんだよなぁ。天羽さんは、僕が遠慮してるように見えているようだ。それだと、もしかして僕は、天羽さんの献身的に身を案じるご厚意に対して失礼してるのか? もしかしなくても、僕は変態なのか? 薄々気付いてたけど、悪化してるのか?


「…さむ」


 体が細かく震える。確かに皆の言う通り、すぐ温めた方が良さそうだ。取り敢えず、今は何も考えず、心を無にして、服を脱ぐ事にした。


───カチャ


 扉を開けて、風呂場に一歩。

 あ。やばい。鼻がやばい。めっちゃ良いシャンプーの香りが。それもそうだ、天羽さんのラベンダーの香りは、ここにあるシャンプーボトルから出して、洗って、香り付けしているから。

 ……当たり前だけど、想像してしまう。昨日も、一昨日も、天羽さんは、この聖域で服を脱いでいる。そして、髪に潤いと美しさを注いでいる。誰にも見せない一糸纏わぬ姿で……体の隅から隅を清めて……。


「のおおおおおおおおおっ!」


 ダメだ! ダメだダメだ! 天羽さんをそれ以上具体的に想像するのは絶対にダメだ! あああダメだと思ってるのに、何で想像上の天羽さんは恥ずかしがりながら真正面を向いてEを見せてくださるんですかありがとうございます違う違う! 天羽さんは絶対そんな事しない! 侮辱に等しい! こんな罪悪感満載の想像をしないよう、天羽さんのその部分だけを見ないよう、最初に助けた後に坐禅を組んで心頭滅却しただろ! 足りないなら今ここで追加でやってやる! 滅却! 滅却! 滅却!


「石上〜。着替え置いとくぞ。って、何ブツブツ言ってんだ? って! おおい、本当に何してんだよ! 何の儀式だよ!」



◆◇◆◇◆



 ややあって。坐禅も入浴も終えた僕は、修行を終えた僧侶のように静々と浴室から出る。着替えは天羽さんのお父さんの服。サイズは胴回りが大きめ。お父さんの隆々な筋肉が服からも伝わってくる。

 そうして僕はリビングに向かう。その途中の廊下から、パンの香ばしい匂いと、卵焼きのような食欲をそそる匂いが、鼻を弄んでくる。その匂いに誘われるままに扉を開けると、そこにはパンがテーブルに並び、皆が着席していた。食べずに待ってくれていたようだ。


「ごめん、お待たせ」

「いいよ! ささ、座って!」


 楽しみでウズウズしてる天羽さんに促され、僕も座る。そのパンを改めて見る。

 鶏卵と同じ形の小さいパンが、僕と片桐と苺谷さんそれぞれの前に置かれた平皿に並んでいる。焼き時間が異なるのか、焼き色が3種類あり、各2個ずつある。


「卵の良い匂いがするね」

「そうなの! でね、味も3種類あるから、味わってみて!」

「うん。いただきます」

「いっただきまーす!」

「頂きます」


 僕と片桐と苺谷さんは手を合わせる。手前にあるパンを頬張ってみる。


「……ん〜! 美味し!」


 そのパンは、ホットケーキのように柔らかいモチモチ食感と、米粉と卵の風味が優しく口に広がる逸品だ。味わいを楽しんでる途中で、つい飲み込んでしまった。もう一口。ああ、やっぱり柔らか美味しい。


「石上くん、早いね! 気に入ってくれた?」

「うん! すごい美味しいよ!」

「えへへへ〜、良かった!」


 そう話してるうちに、もう一つ取ろうとする時、片桐がパンを指さして天羽さんを見る。


「おーおーおー! これめっちゃ美味ぇな!」

「えへへへ〜、でしょ?」


 気になり、片桐のと同じ色のパンを一つ取り、噛む。サクッと表面が割れ、中は程よく固い。クッキーのようで噛むのが楽しい逸品だ。


「サクサクだね! 美味しい!」

「ふふ、良かった!」


 このクッキーみたいなパンも、おかわりが進みそうになるけど、僕は見逃していない。苺谷さんが、まだ最初の一個目のパンを味わっているから。目を閉じて微笑みながら食べて……そんなに美味しいのかな。気になる。同じ色のを僕も食べてみよう。


「……っ、すご、何これ」


 噛んだ瞬間、じゅわっとカツオ節の出汁の風味が口に広がる。遅れてほんのり甘みも広がる。食感はたこ焼きのように柔らかいけど、ホットケーキのようなパンと違ってしっかり重みのある噛みごたえだ。


「すげぇな! こんなの食べた事ねぇぞ!」

「ああ! 新しいな!」


 片桐と僕は目を合わせて驚愕する事しか出来なかった。


「石上くん。それ、何をイメージして作ったか、分かる?」

「んー……たこ焼き?」

「ブー。片桐くんは?」

「はー分かんねー……おでん?」

「ブッブー。文実ちゃんは?」

「……うどん?」

「正解! これはね、うどんとドーナツを合わせたパンでーす!」

「おおお! 言われてみれば!」

「でしょ? ふふふっ」


 なるほど。確かにうどんのコシとカツオ出汁が効いてて、意識すればうどんらしさが際立ってきた。ますます食が進んで、もうパンが残り一個になってしまった。

 丁度、今の時間は学校帰りで、夕飯まで微妙に時間がある。家に帰ってきてテーブルの上にこの美味しさのパンがあったら、おやつとして手が伸びるに違いない。お腹いっぱい食べて晩ご飯を少し減らしてお母さんに叱られるに違いない。


「天羽さん、これ止まらないよ。最高のおやつだね」

「ふふふふっ! そっかぁ! それを聞けて嬉しいよ! 最高のおやつ…ふふっ」


 天羽さんが、とても上機嫌になっている。どうしたんだろう。


「あのねあのね。実はこれ、学校から帰ってお腹を空かせた人がおやつに欲しくなるようなテーマで作ってみたの!」


 ふっ、と笑ってしまう。天羽さんの考えと、僕の感じた事が同じだった。


「気に入ってくれて、ありがとうね! 一つ自信が持てたよ!」

「良かった。僕も嬉しいよ」


 自信。天羽さんは、夢を叶えるため、努力を重ねている最中。試行錯誤の中には、不安が伴うはず。けれど、食べる人のためにここまで想いを形に出来る、そんな天羽さんなら…。


「夢、きっと叶うよ」


 そう言うと、天羽さんはふにゃふにゃに溶けるように笑って、頷いた。

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