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12話 バッシャアアアッ!

 音を、聞く。周囲を、見渡す。

 心臓を掴まれた感覚になりながら、しかし何とか右手だけは変わらずに傘を支える。


「石上くん?」


 しまった。一緒に持つ傘の柄から、僕の動揺が伝わってしまった。


「あー、何か、聞こえたような」

「うん? 何だろ……」


 咄嗟に誤魔化し、僕は周囲を見つつ、チラリと爪を見た。


 41d


 ……もう一度確認。


 41d


 ……。

 数字が変わっていた。41日後。

 つまり、今日のところは、もう終わった。事故に遭う運命をいつの間にか変えられた。ついエスコートに夢中で、予想以上に遅く歩く事が出来たらしい。

 ああ、そうだった。この数字のゼロのタイミングで何かが起こる訳じゃないんだと知ったばかりなのに。自分の不器用さに呆れてしまう。

 でも。だとしても。守れた。天羽さんを2度も守れたんだ。あまりにあっさりしてるから、そう言い聞かせて、平和な現実を再確認して……ようやく、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。よく頑張った僕。


「天羽さん」


 ふと見上げた、その時。耳を澄ましていたから、遠くからエンジンを鳴らしている音は聞こえていた。夢とは、また違う車。それが爆速で道路を走って来る。まぁ、今の僕らは歩道にいるし、ガードレールもあるから、事故は有り得ない。もう終わって41dだから逆に安心出来る。


───バッシャアアアッ!


 激しい水の音。視界に捉えた時には、既に僕の上半身が濡れる寸前と言った光景だった。

 せめて天羽さんは。

 考えるより先に体が動き、僕は水しぶきに背を向けて、僕に当たる面積を広げる。


「ひゃああああ!」


 天羽さんの驚いた声が響く。

 冷たい。首に衝撃と冷たさが降りかかり、押されて倒れそうになるのを何とか堪える。傘の柄を握る右手は、無意識に全力を込めていた。


「石上くん!?」

「石上! 大丈夫か!?」


 天羽さんと、少し後ろから駆け寄る片桐の声が聞こえる。

 大袈裟だな、濡れただけなのに。


「僕は大丈夫。天羽さんは? 濡れてない?」

「ぇ…」

「おい何言ってんだよ。自分の心配しろや」


 片桐がすぐ近くまで駆け寄り、足を止める。さっきから、耳からの情報しか無い。目が開けられないからだ。目に少し泥水が入ったけど、まぁ、袖で拭えばいいか…。


「ダメ!」


 天羽さんが、僕の左手を片手で制する。


「袖にも泥が付いてるからダメ! ちょっと待って! 拭くもの出すから!」

「ありがとう」


 泥水は袖にも付いていたらしい。

 そんな棒立ちな僕に、天羽さんは傘の柄から急いで手を離して、カバンからハンカチらしき物を取り出し、僕の目元を優しく拭いてくれる。


「石上くん。私のハンカチも使っちゃうよ」


 苺谷さんもハンカチを出して、僕の頭の後ろや首を拭いてくれる。


「あーあーマジ腹立つな。リュックも泥まみれだぞ」


 そう言って怒りながら、片桐は僕のリュックを叩いて泥を落としてくれる。


「皆、ありがとう。助かるよ」

「石上くん。それは違う」


 苺谷さんが、ズバッと言い切った。


「助かるよって石上くんが感謝するのは違う。むしろ逆。だけど、もうしばらくしたら分かると思うから、ちょっと静かにして待ってて。分かった?」

「う、うん。分かった」

「ん。じゃあ傘は私が持つから」

「うん」


 そう言って、苺谷さんは僕の右手から傘を取っていく。でも、雨の感触は無い。僕の代わりに支えてくれているのだろう。

 そんなこんなをしていると。天羽さんが拭いてくれたお陰で、目元が綺麗になってきた。目を開けてみる。すると…


「天羽さん…?」


 天羽さんが、眉をひそめた表情で、瞳を潤ませて、僕の頬や耳を拭いていた。


「お礼を言うのは、私の方だよ。私、ちっとも濡れてない。石上くんが庇ってくれたお陰だよ。でも、なのに、何で? 何で石上くん、自分の心配よりも、私が濡れてないか心配するの? 冷たいでしょ? 目も、耳も、あちこち濡れちゃってて、大丈夫じゃないって? そんな訳……そんな訳無い。やめてよ。そんな強がらないで。平気なフリしないで。私を安心させたいって気持ちは、もう充分分かったから。辛いのに、無理しないで。お願いだから…」


 最後の方は、ハンカチの手が離れ、天羽さんは震える声を噛み締める。

 僕は、そんな天羽さんに掛けるべき言葉が、何も出ない。だってそうさ、僕は天羽さんの笑顔を守る為に最善を尽くしてきた。後悔は無い。天羽さんが事故で死ぬ事と比べたら、僕が濡れる事くらい大した問題じゃない。

 …。

 でも。少しだけ、認識を改める必要がある。

 天羽さんの笑顔の条件に、僕が苦しいのに無理をする事はダメ、というのも含まれているらしい。冷たいなら冷たいと、怖かったなら怖かったと、正直に言ってほしい…と。

 …ああ、そうか。これは、僕が天羽さんに無事でいて欲しいのと同じように、天羽さんも僕に無事でいて欲しいんだ。


「天羽さん。分かったよ。心配かけてごめんね」

「ん…うん」


 僕は、泥の付いていない右の手の平で、天羽さんの頭を撫でる。

 そして、心に誓う。41日後は、天羽さんが何も心配しないで笑っていられるようにすると。

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