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11話 ただの独り言

 天羽さんは、両手で前髪を雨から守り、声を出さず驚いた表情で固まっている。

 片桐は、「ぶはっ! マジ? マジ?」と、吹き出している。

 苺谷さんは、「はわわわ」と言って震えている。

 その通り。僕は、めっちゃくちゃ恥ずかしい事をしている。そんなの分かっている。わざわざ親友の提案を蹴って、特定の女子を名指しで、近くに来て欲しいと。どう考えても、異性に恋愛感情的な好意を持った行動。

 で。天羽さんの反応は。

 唇が、きゅっと閉じる。視線は、僕が傘を持つ右手を見つめ、ゆっくりゆっくりと何度も瞬きをする。そして、前髪を守っていた両手が、前に伸び───


「うん」


 その両手が、傘を持つ僕の手を包ん───え、やば、天羽さんの手……温かくて柔らかくて……いやダメだこの温もりを堪能してる場合じゃない。


「い、いいの?」

「…」


 無言で恥ずかしげに視線を逸らしながら、頷く。

 うおおおっ! うおおおおおおっ! OK! OKしてくれた! まさかの成功! やばいやばい声に出そうだ! 鎮まれ心臓! 堪えろ鼻息! このまま堂々とし続けるんだ!

 とにかく、こうしてる間にも小雨が強まっているから、とにかく僕は傘を開いた。


「じゃあ、行こっか」

「……うん」

「……」

「……」


───ぱらぱらぱら

 傘が雨粒を弾く音だけが響く。雨降る道を、僕は道路側の左側に立ち、傘を右手で持つ。僕らの間に会話は無く、傘の外に出ないよう、歩幅を小さく、肩を寄せる事に意識を集中している。傘が垂直に立つよう、僕は柄を持つ右手に力を込める。その右手の下半分と柄を持つように、天羽さんの左手が添えられる。風に負けないように柄をしっかり支えつつ、僕の右手に触れてる部分はそっと羽で包むように。そんな絶妙な力加減から、天羽さんは本当に優しい人なんだと僕は思った。そう思うと同時に、僕がわがまま言って始めた事なのに、逆に気を遣わせてしまっている。僕がエスコートしなきゃ。


「あ、天羽さん」

「はひっ?」


 天羽さんが、息を吸いながら返事して、僕の手に一瞬握る力が強くなる。緊張してるようだ。何とか緩めてあげなきゃ。


「その……びっくりした?」

「うん。すごく」

「だよね。僕も、自分でびっくりしてる」

「え、そうなの?」

「うん。僕、昔から人に話すのが苦手でさ……でも、さっきみたいな事を、天羽さんにだけは言えるんだなって」

「……私に……だけ?」

「うん。天羽さんだけ」


 そう、君だけ。

 僕は、君だけの寿命が見えるから。……いや、正しくは、君の寿命を見られるのは僕だけで、君の笑顔を守れるのは僕だけ。そう思うと、僕は僕自身の苦手意識をぶち壊して、想いのまま話せる理想の僕になれる。何だか二重人格のようで実感を感じられないから、びっくりしてしまったけどね。


「わ、私も……ね」


 と。一緒に柄を持つ天羽さんの左手に、一瞬だけ力が入る。


「石上くんと一緒にいると、落ち着く……よ」


 どくん。心臓が熱くなる。傘が揺れる。


「何だかね、石上くんって、私を守ってくれたカッコいい人でもあるし。目が合ったら笑ってくれる爽やかな人でもある。授業中に居眠りしないように頑張ってる頑張り屋さんでもある」

「……」


 勉強に関して、僕を傷付けないように褒めるポイントを選んでる気がする。


「でも。でもね。ただのクラスメイトじゃないの。友達なんだけど、それだけじゃない感じがして。何だか上手く表現出来ないけど、不思議な……そう、石上くんの事を不思議と目で追いかけちゃうの」


 天羽さんの左手が少し震える。声も段々と小さくなっている。


「……僕たち、よく目が合うね」

「うん」

「……不思議だね」

「不思議だね」

「……」

「……」

「……」

「……」


 話が止まった。

 雨が、もう傘が無いと急ぎたくなるほどに強まっている。そんな中を、僕らは肩を寄せて、僕らのリズムでゆっくり歩く。この瞬間の、聞く音も、見る景色も、僕は全部が尊く思えた。


「───」


 なんて思ってると、天羽さんが、ぽつりと呟いた。雨が強くて聞き取れない。


「何か言った?」

「その……何だか……───みたいだなって」


 丁度良いのか悪いのか、濡れた路面を走る車のバシャバシャ音で、せっかく聞こえる声量にしてくれた天羽さんの声が聞こえなかった。


「ごめん、聞こえなかった。最後、何て言ったの?」

「……………………」


 今度こそ聞き取れるように、僕は天羽さんに顔を向けて、口の形を見ながら聞き取ろうとする。

 しかし、天羽さんは僕の方を見ると、すぐ俯き、息をふぅ……と吐いて、


「ううん。ただの独り言」


 と、言った。ただの独り言なら、会話を広げるつもりでは言っていないだろう。


「分かったよ」

「うん。分かってくれて良かった。独り言だからね。本当に独り言だからね。独り言だから気にしなくていいんだよ」

「う、うん。分かったから」


 何でか早口で補足された。


 ……そういえば。雨が強くて思い出した。夢で見た時と雨の量が同じくらいになってきた。例の交差点がまだ見えないくらい距離があるけど、天羽さんの寿命を見てみよう。


「ん?」


 6s 5s 4s 

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