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10話 傘

 そして来たる日。その放課後。

 僕と一緒に帰路につくのは、天羽さん、片桐、苺谷さん。

 …うん。夢で分かっていた。だからこそ、2回目のガッカリ感。天羽さんと2人きりなんて普通無いよね。僕はただ、お礼を言われる事をしただけ。大して仲良くない。そんな男子だけをいきなり家に入れないよね。


「はぁぁぁ。宿題は今日中に持って来るように」

「うめぇ! そんな感じだよな!」

「うんうん! そっくりだよ!」


 しかし周りは明るく、数学の先生を誰が一番真似出来てるかで盛り上がっている。

 苺谷さんの真似は、特にだるそうなため息が似てる。


「石上。顔洗ってくるか?」

「ちょ、おいコラ!」


 片桐は、顔の皺を付けて特徴を捉えてきた。しかも名指し。背筋が凍り付くから勘弁してくれ。


「眠いだろうが、あと少しだから頑張れ」

「天羽さんまで……」

「ご、ごめんね! 冗談だからね!」


 天羽さんは、抑揚を似せてきた。片桐の悪ノリに乗りつつ僕を励ます言葉を選んでくれて、優しい人柄が伝わってきた。嫌な気分にはならなかった。

 …よし。順番的に僕だ。見てろよ皆。先生のゆったりした話し方には自信があるんだ。

 咳払いして、さぁ、いくぞ!


「石上。100点おめでとう」

「んな訳ねぇだろ!」

「捏造は良くない」

「石上くん……」


 あれれぇ? 結構似てたのに…。



◆◇◆◇◆



 そんなこんなで、歩調はいつもと同じ。このままだと夢と何も変わらない。そろそろ言おう。


「あのさ! 僕、待ちきれないからさ、早く行こうよ!」

「え? 私のパンがそんなに早く食べたいの?」

「う、うん! すごく!」

「そっか…気持ちは嬉しいけど、でも、うーん」


 天羽さんが返答に困っている。

 そこへ、苺谷さんが代弁した。


「このペースでいいと思うよ。花恵ちゃんが疲れる事を私たちがしちゃダメだと思う」

「……そうだね。ごめん」

「ううん、いいよ。楽しみにしててね」


 なるほど。早く歩いてもらうのは出来そうにない。

 ならば、次の策。


「あ、靴の中に石が入った! ちょっと待って!」

「ったく。そんな事で待ってられるかっての。天羽、苺谷、先に行ってくれ。俺たちは後で追いつくから」

「う、うん。石上くん、ごめんね」

「…え」


 片桐が気だるそうに付き添ってくれたけど、肝心の天羽さんが苺谷さんと一緒にそのままの歩調で歩いて行ってしまった。

 ならば、次の策。僕は急いで靴を履き直し、天羽さんたちに合流した。


「ちょっと皆、聞いてくれる? 僕、筋トレをしてるんだ。だから皆の鞄を預かっていいかな?」

「え、いいの? やったー! じゃあ、宜しくね」


 そう言って、天羽さんは鞄を僕に渡してきた。

 そう、この作戦は、皆から荷物を預かって、僕自身の歩調を重さで強引に落とす作戦だ。皆は、荷物を持ってもらえて楽が出来る分、僕を心配して歩調を合わせてくれるはず。


「任されました。さぁ、片桐も苺谷さんも」

「意外だな、お前がそんなにストイックだとは。ほらよ」

「うぃ。さぁ、苺谷さん」

「……いいの?」

「うん、遠慮しないで」

「……じゃあ、はい」

「どうも……っ…な、何これ」

「図書室の本。いつも鞄いっぱいに借りてるの。今日は、ポリーハッター10冊にしたの」

「そ、そうなんだ……すごい読むんだね…」

「石上くん。やっぱり返して。筋トレするなら無理せずにね」

「…はい」


 そう言って、持ち上げられずにいた僕から、苺谷さんは手軽く鞄を取り、背負う。どうやら、本当に筋トレをしてる人には僕の痩せ我慢が分かっていたらしい。

 そうして項垂れる僕に、天羽さんと片桐も、申し訳無さげに荷物を持っていった。



◆◇◆◇◆



 作戦、全滅。

 あと23分。そろそろ雨が降ると思う。このままの速さで歩けば、あの夢のように事故に遭う。せめて、信号1回分、時間にして1分くらい、足を止められれば運命を変えられる。僕に出来る事は、何だ? この場で考えるんだ。


「あ、雨?」


 その時。天羽さんが空を見上げて言う。

 ぽつぽつと、僕の頬に雨粒が当たってきた。


「うーわ、マジかよ!」

「予報だと夜って言ってたのに」

「どうしよ。傘、コンビニで……でも、あと少しで着くんだよなぁ」


 そう言って、天羽さんと苺谷さんは両手で前髪を守る。

 そんな皆の前に、僕はリュックから折り畳み傘を1本出す。


「使う?」

「なぬっ!? マジか! ナイス石上!」


 片桐が驚くが、そこへ苺谷さんが1歩前へ。


「待って。石上くんが濡れちゃうよ?」

「ううん、使っていいよ。まだあるから」


 僕はリュックから2本目を出して見せた。


「わお。2本持ってるなんてスゴいね」

「うん、たまたまね」

「おいおい、ナイスすぎるぜ! よし、この1本目は俺と石上のペアで使おうぜ! 2本目で苺谷と天羽! いいだろ?」

「異議なし」


 片桐と苺谷さんの意見が合致したようだ。

 でも、大丈夫。実は今日、折り畳み傘を全部で4本リュックに入れて来ている。我ながら完璧な作戦だ。


「石上くん、ありがとうね。でも、2本も持ってるのは、どうして?」


 …と、リュックの中の3本目を掴んだタイミングで、天羽さんが。


「もしかして、他の誰かに渡す予定があった?」


 ぎくり。的を射る質問に、驚きを表に出さないよう、僕は表情を固める。


「そんな事ないよ。たまたま、余分に入れちゃってたんだ」

「そっかぁ。ごめんね、変な事聞いて」

「花恵ちゃん。その誰かさんが気になったの?」

「文実ちゃん! 違うよ! そういうつもりじゃ!」


 女子2人の楽しいトークに、片桐が笑ってる間に、僕はふと感じる。確かに、傘を2本も持ってるのは、不自然だ。ましてや、3本も、4本も。

 手が止まった。このままでは、夢の通りになる可能性が残る。

 折り畳み傘は2本しか使えない。1人で使うにしても小さく、それを2人でとなると、体の大部分が雨に濡れる。すると、早く帰ろうとするのは当然。……可能性をゼロにするには、今ここで歩く速さを僕がコントロールする必要がある。という事は、僕が先頭。その隣には……

 ……。

 ペアで……傘を持って………


「!」


 それだ。それなら歩く速さを調節できる。このタイミングなら自然な流れで言える。

 本当なら心の準備の時間が欲しいけど、そんな余裕は無い。ぶっつけ本番。やるしかない。


「あ。あのさ」


 僕が次に言う言葉に、皆が耳を傾ける。誰も声を出さず、静かに息を飲む。


「片桐、苺谷さんとペアになって。僕は…」


 僕は片桐に1本を手渡し、天羽さんの方を向いて、息を吸う。


「天羽さん…」


 これが、今の僕に出来る事。めっちゃくちゃ恥ずかしい事。いつも普通に声を掛けるだけでも心の準備が出来てないし、こんな事をするなんて普段の僕なら心がバーニングするから有り得ない事。


「僕と…」


 でも、天羽さんが笑顔でいられる時間を守る事が出来るなら。僕は、恥ずかしさで心がめっちゃくちゃになっても、笑って、出来る。ふつふつと勇気が湧く。


「あ……」


 僕は、傘を開く。震える手で柄を持ち、1歩前へ。


「相合傘……して下さい」


 振り絞った勇気を、言葉に出来た。

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